港北七福神  2007年1月8日



港北七福神 御朱印帳 2007年1月8日

 さて、お正月ですのでお目出度く七福神を巡ってきましたのでお伝えしておきましょう。場所は横浜七福神と呼ばれる処です。これが全部を廻ってきた御朱印帖です。全てご住職たちの直筆です。
さすがに手馴れているというか、見事な墨蹟の書でございます。

1.菊名池弁財天:弁財天 

 まずは菊名池の畔にある見落としそうな祠にお参りです。ここは昔あった菊名池を半分潰して市営のプールにしちゃいました。そのプールの裏手に菊名池弁財天社はあります。明治41年に日蓮宗の妙仙寺がこの地にあった蓮長寺と合併し「妙蓮寺」となった時に、日体上人がこの弁財天の霊夢に導かれたとのこと。この祠は千年以上の歴史を持っているらしいが、創建は不明らしい。ご本尊は市杵島姫命で一般的な琵琶を持った優美な姿ではなく、右手に剣を、左手に宝玉を持っています。文献によれば※1、剣は、魔を払い、交通安全・家内安全をあらわし、宝玉は招福の玉として、財宝授与・商売繁盛の守護神になっているのだとか。 何しろ人が居ないので近くの瀬戸物屋「みどりや」さんへ。ここで御朱印帖を手に入れお参りを開始しました。
 まずは記念写真から・・・。 


港北七福神 菊名池 2007年1月8日

港北七福神 お社のあるところ 2007年1月8日

港北七福神 菊名池辨財天の扁額 2007年1月8日

港北七福神 神社の由来 市杵島姫命 2007年1月8日

港北七福神 神社 2007年1月8日

港北七福神 弁財天尊像 2007年1月8日

港北七福神  2007年1月8日

港北七福神 世話役の瀬戸物屋さん(ぷっくらとしたうさおが嫌!) 2007年1月8日

港北七福神 剣を持った弁財天 2007年1月8日
 
 剣を持ったお姿がこちら。美しい女人には険があるって? 文献1:横浜七福神 永井恒男著

 実は鶴見にも浜七福神と言うのが在ったらしいのだが、漁師浜が無くなっちゃたんで自然消滅です。

2.菊名山 蓮勝寺:浄土宗 毘沙門天 

 続いて菊名駅からの急な坂の途中にある蓮勝寺に行きました。鎌倉時代に蓮勝上人によって開かれた名刹です。
 菊名という地名は蓮勝上人が鎌倉から赴いたときに夕日の中に野菊が咲き誇り富士山とあいまってあたかも極楽浄土のよう思われたことから名づけられたとか。

 ここの毘沙門様は日本三大毘沙門天の一つだそうで、一説には運慶の作と伝えられている。ここのご住職は親切な人で、衝立に書かれていた書を褒めましたら、裏側に書かれていた書も衝立をよっこらしょと抱えて見せてくれましたし、いろんなパンフレットを沢山くれました。


港北七福神 蓮勝寺の階 2007年1月8日

港北七福神 毘沙門天のお堂 2007年1月8日

港北七福神 石碑 2007年1月8日

港北七福神 由来 2007年1月8日

港北七福神 御朱印を頂いた玄関 2007年1月8日

港北七福神 ご住職の直筆 2007年1月8日

港北七福神 その裏面 2007年1月8日

3.大豆戸山 正覚院:曹洞宗 大黒天 

 新横浜駅のすぐそばにあります。ご本堂は室町時代の天正元年に建立されました。ここの大黒天は開山和尚が秘蔵奉祀されたもので五寸ほどのもの。写真は撮っちゃだめですって言われちゃったぞ。
 今の大黒天像は先代のご住職が庭の欅の樹を刻み、二尺ほどのご本尊にしたもの。
 胎内に真像が収められているけど、現代のものだし素人さんのものなんですよね。若い大黒さんと仲良く額を寄せながら、御朱印を書いてくださったお坊さんの姿にちょいと妬けたぞ。


港北七福神 正覚院本堂 2007年1月8日

港北七福神 大黒天扁額 2007年1月8日

港北七福神 正覚院 2007年1月8日

大黒天

4.補陀落山 西方寺:真言宗 恵比寿大神 

 山号が補陀落山とは凄すぎる。浦島太郎の補陀落伝説を思い浮かべてしまいます。いつかトマソン隊で補陀落伝説を取り上げたいです。自堕落伝説じゃないかって。べたなギャグですねえ。
 安養院とも号するそうです。明月院吉祥菩薩の化身である恵比寿大神を祀ってあります。
 このお寺さんには重文、国宝等の文化財が多く保管されているとのこと。
 遠くからでも藁葺き屋根のお寺さんが望めます。お坊さんが御朱印を書いてくれているとき、写真を撮って良いですかと聞くと少しはにかんでいた。
 ちょっと可愛い。昔、内田有紀がサルの着ぐるみを着て、はにかむのとは次元が違うけどね
 本堂を出るときに「表の蝋梅を見てくださいね」って声を掛けてくれた。確かに透けるような黄色の梅が満開でした。
 このお寺さんの参道にライ隊員の横顔みたいな石積が・・・。つい、鼻を触っちゃたよ。
 写真だと少し判り辛かったですね。


港北七福神 西方寺参道 2007年1月8日

港北七福神 西方寺由来 2007年1月8日

港北七福神 恵比寿大神鎮座碑 2007年1月8日

港北七福神 七福神曼荼羅 2007年1月8日

港北七福神 西方寺の提灯 2007年1月8日

港北七福神 はにかむ御住持 2007年1月8日

港北七福神 ライ公の横顔 2007年1月8日

港北七福神 庭の蝋梅 2007年1月8日

 可哀想でしたが、今回もお休みです。

5.圓瀧山 興禅寺:天台宗 福禄寿神 
 
 天台宗第四代座主慈覚大師が関東に下向の際、自ら十一面観音と勝軍地蔵を刻んで安置したのが始まりと聞きます。小高い丘の上にあるお寺さんで高低差のある敷地を上手く利用していました。ここの広い庭に芭蕉翁の俳句の碑があります。また、山門にある七福神の彫刻は江戸時代からの由緒のある有名なものだそうです。
 瓦に付いている寺紋について天台宗のご宗紋ですよねと聞くと、若いお坊さんは怪訝そうな顔をしました。 いやあ、建築をちょいと齧ってましてね、この様な紋については興味があるんですよって吹いてきちゃいました。すいません。つい、見栄張っちゃいました。


港北七福神 興禅寺参道 2007年1月8日

港北七福神 興禅寺山門 2007年1月8日

港北七福神 境内 2007年1月8日

港北七福神 芭蕉の碑 2007年1月8日

港北七福神 福禄寿由来 2007年1月8日

港北七福神 水琴窟があった 2007年1月8日

港北七福神 あの紋は 2007年1月8日


港北七福神 お寺さんの寺紋 笹竜胆 2007年1月8日

6.綱島山 東照寺:曹洞宗 布袋尊 

 電車で行くなら一番行き易いのがこのお寺さんだけど、車で行くと一番行き難いお寺さんがここ。何しろ一方通行と歩行者道路でアクセスしづらい。
 ご本尊様は薬師如来が祀られています。今は改築のまっ最中だった。
 階段の脇に安っぽい布袋様の石像があったので、まさかこれがそうではあるまいねって思ったよ。やはり本物は玄関を入ったところに鎮座していました。
 でも、もう時間が大分押してきちゃったね。急がなくちゃ。


港北七福神 東照寺参道 2007年1月8日

港北七福神 布袋尊石碑 2007年1月8日

港北七福神 東照寺由来 2007年1月8日

港北七福神 布袋様尊像 2007年1月8日

港北七福神 布袋様尊像 2007年1月8日

7.清林山 金蔵寺:天台宗 寿老神 

 日吉の街中を走ること暫し、辺りにちらほら畑が混じってくる辺りにひときわ広い寺院がありました。この辺りの道は農道だったのか狭い、狭い。ご門を入るといきなり五色の幕や極彩色の唐風の水天宮や灯篭が今までのお寺さんと一線を画します。平安時代から続く古刹だそうで、不動明王がご本尊様だそうです。
 神仏が混在していますね。本地垂迹説を地で行っているようなお寺さんです。もうひとつ、ここの庭にある石灯篭ですが、隠れキリシタンのものではないかと噂があり、火袋の下にある棹の部分が通常のものと比べるとやや長く、ここに彫られている観世音菩薩がマリア様だそうです。う~ん。深いなあ。
 金蔵寺の境内に、太平洋戦争の時の地下壕が存在しているそうな、いつか見に行きたい。


港北七福神 金蔵寺参道 2007年1月8日

港北七福神 金蔵寺 2007年1月8日

港北七福神 金蔵寺切支丹灯篭 2007年1月8日

港北七福神 鐘楼 2007年1月8日

 最近流行の「不ぞろいな七福神」、弁天様の衝撃的なカミングアウトがあったら嫌だなあ。


港北七福神  2007年1月8日