小川三知
小川三知は日本におけるステンドグラスの草分け的人物です。日本で最初にステンドグラスを作った人でもないのですが、ステンドグラスを洋風建築の装飾品から、日本的な芸術作品に押し上げた人です。
静岡藩医の家に生まれ、医師として家督を継ぐはずでしたが、絵画への思い立ちがたく、家督を弟に譲り自分は日本画の橋本雅邦に師事し、日本画家を目指します。
その後、米国に留学してステンドグラスの作風に興味を持ちます。米国で製作技術を習得したのち、帰朝して日本画の花鳥風月をモチーフにしたステンドグラスを多く製作します。この独特の作風が、何だかノスタルジックで、日本人に共感を持たれるところですね。
三知の没後、夫人は「小川スツヂオ」を設立し、夫の遺志を継ぎ、多くの弟子たちを輩出しました。
小川三知の研究者として有名な田辺千代著の「小川三知の世界」と「明治・大正・昭和の名品」のバイブルはしっかり持っています。
以前勤めていたゼネコンで、品の良い先輩社員さんがうさおの課に配属されてきました。当時、パソコンに強かったうさおは、いくつか教えてあげると瞬く間に達人になられました。その方が辞めてから、今は趣味でステンドグラスを作っていますとのことで、ランプシェードを送ってくれました。
ステンドグラスに興味を持ったのはそのあたりからかな。
小川三知のバイブル本
2022年5月31日に「クラブツーリズム」の「稀代の芸術家・小川三知の東京ステンドグラス探訪」に参加しました。これはM上さんが、うさおの小川三知好きを知って、ツアーに応募してくれました。以前、お茶の水にある明治大学本館講堂のステンドグラスを見に行ったとき、コロナ禍で見学できなかったことを憶えてくれていて、このツアーを探してくれたのです。
そのときの案内状がこれ。

小川三知 ツアー案内 2022年5月31日
国立科学博物館、旧小川眼科医院、鳩山邸、安藤教会と、一挙に資料が集まりました。やったー。
小川三知は大変興味深い人物ですので、今後も残っている作品を見ていきたいと思います。戦争遺跡、廃墟と地下壕に、興味を持っているものは多くありますが、これが一番うさおらしい趣味です。一応、一級建築士ですからね。
2022.05.31修正
2022.05.31追加
2022.05.31追加
2022.05.31追加
2022.05.31追加
2024.10.14追加
住居に近くてこれから行ってみたい処
●日本工業倶楽部会館
(東京都千代田区、大正9年、登録有形文化財)
●子安小学校
(神奈川県横浜市神奈川区、大正15年頃)
※旧校舎は解体されました。
●日本基督教団 鎌倉教会
(神奈川県鎌倉市、大正15年頃)葡萄の葉と月桂樹・十字架。
●鎌倉国宝館
(神奈川県鎌倉市、昭和3年) 鎌倉町町章の星と月。
●明治大学本館講堂
(東京都千代田区、昭和3年) リバティタワーに移設。
●旧東京医師会館
(東京都千代田区、昭和4年) 孔雀。明和病院に一部移設。
●旧千葉亀之助邸
(現菊池寛実記念智美術館西洋館、東京都港区、大正15年
●村井五郎邸
(東京都荏原郡、大正15年)国性爺合戦の和唐内。歌舞伎座タワーに展示(2018年1月時点)。
●旧小笠原長幹邸
(現小笠原伯爵邸、東京都新宿区、昭和2年)