ヨロガ池
考察 うさお
写真・資料 TICA
資料を再掲しますね TICAさんが手に入れてきた資料です
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~「池の下商店街」は何故「池の下」なのか 小宮 精一
※出典 「大正初期の鶴見」 天王院幼稚園生方通信 吉田幸輔作 昭和62年7月
大正初期の手書き地図
するとそこに「ヨロガ池」という溜池の地図が現れます 末吉池の三分の一程度の大きさです 末吉池、ヨロガ池の周囲は水田が広がっていたようです
それでは今昔マップを利用して、国土地理院の古地図でヨロガ池を見てみましょう
下末吉地区 1896-1909年
今昔マップ
より
手書き地図と比べると、池の形状や末吉池との距離感がかなり違いますね
昭和17年の下末吉の地図を見てみると、二つの溜池はもうありませんが、東側に水田が広がっていた筈です ただ、昭和17年(1942年)頃の地図や空中写真における黒べた塗り(塗りつぶし)の地域は、軍事上の機密保持(軍機保護)や防諜を目的として、軍事施設や重要インフラの存在を隠すために処理された場所です 当時の陸軍(参謀本部・陸地測量部)は、「軍機保護法」等の規定に基づき、市販される地形図や写真から軍事関連の情報を秘匿する作業を行っていました ですので必ずしも黒塗りの所が水田、溜池とは限りません
横浜市三千分一地形図
余計なことですが、この地図を見ていて面白いことに気づきました
眞福寺ー三島神社ー寶塔寺ー寶泉寺ー愛宕神社ー熊野神社 が経度40分にほぼ一直線で並んでいます
更に言えば、上末吉の地図を眺めてみても 八幡神社ー梶山神社ー八雲神社 がこの同一線上に並びます 何か霊的なものがあるのか・・・
google map上に末吉池、ヨロガ池を重ねてみる
※現在の地図に位置を落とし込んでみると、中央上が末吉池 やや国道1号線に被っています 中央左下がヨロガ池 現在のライフの裏側辺りになります か
それでは現地を検証してみましょう。
google map上に池の大きさを投影してみる
北寺尾交差点からヨロガ池を望む 2026年7月26日