空間を考える  NPO建築・街づくり支援センター



                                    うさお

  NPO建築・街づくり支援センターの理事長 阿部 寧さんから、定期的に「スキャット」というレジメを送って貰っています。

 阿部さんは、「老人になっても楽しく過ごせるまちづくり ~ボイド空間とやわらかいファサード~」の未完の書の原稿内では

 梓設計で集合住宅や保養所,休暇センターなどの設計に従事した。途中で国際開発コンサルタンツへ出向し再開発計画を担当した。その後,梓設計で設計企画などを経て,退職後は高齢者向け「階段」の研究開発に熱中した。現在,NPO 法人建築・街づくり支援センターで活動中である。

と自己紹介されています。

 今回の特集は「空間を考える」です。 

 
 四枚綴りのうちの一枚を示しましたが、文中には音環境について以下のように書かれています。

⑤音を空間の演出効果を高めるために活用することがあります。風や雑音や騒音、ざわつきなど、屋外・室内での聴覚の効果を増幅し、盛り立てています。また、味覚も空間の間接的な演出効果として利用しています。

 興味深かったのは、矢萩喜従郎氏の「平面、空間、身体」から引用された下図のフローです。



 特に「聴覚」に傍線を付けていることに気づきました。

◆外部空間を補う音の風景とは、次のような表現で示されます。①人工音(機械的な音、電気的な音、電子音、各種装置からの音、風鈴の音、ししおどし、楽器音、音響彫刻など)活気あふれる音源。②人間活動音(足音、作業音、話声、掛声、生活音、など)静けさと関係。③自然界の音(風の音、樹木のざわめき、鳥の鳴き声、羽ばたき、虫の声など)で雰囲気を味わう。④記憶の音や伝承の音(長唄、想像音など)で気配を感じさせる。
<鳥越けい子論文GOOD SCENEll1993年から>


 なるほど、サウンドスケープ(音環境空間)も空間を構成する一要因と捉えることが出来るということですね。納得です。

 もうかれこれ35年も前の話になりますが、技術研究所が渋谷、王禅寺、宮崎台と転々として、ようやく橋本に大規模な実験施設を備えた施設になりました。

 当時は音楽ホールの音響設計を研究しており、CADを用いた反射音のコンピュータ・シミュレーションと1/10縮尺の模型を用いて、実物ホールが完成する前にホールの響きを体感するものです。
 ざっくりですが、次のような過程を経てホールの響きを疑似体験できます。


 まず、無響室(残響がほとんど発生しない部屋)で楽器演奏を収録くします。この響きの付いていない音源をドライソースと呼びます。


東急建設 技術研究所 パンフより 無響室 2000年頃

 コンピュータ・シミュレーションでは、便宜的に音源から多数の音の放射線が出ていると仮定し、何回もの壁や天井、床に反射した音線が受音点に到達する情報(時間応答、周波数応答など)が得られます。


東急建設 技術研究所 パンフより コンピューターシミュレーション 2000年頃

 同様に1/10縮尺の模型のステージ上に全方位に放射できるスピーカー(例:放電型、極小の電極先端でスパークさせ超高音域の音を放射)で、短音(三波程度)を再生します。客席に置いたマイクでで受音します。


東急建設 技術研究所 パンフより 1/10縮尺模型 2000年頃

 こんな時間波形が得られます。


東急建設 技術研究所 パンフより 到達音のインパルス応答 2000年頃

 音の情報はフーリエ変換をすることによって、正弦波と余弦波の連立方程式で再現できます。コンピュータと模型実験で得られた響きの情報を、計算上で掛け合わせる(コンボリュート)ことで、ホール固有の響きの付いた波形が得られます。(おお、意味わかんねえ)

 方向別に響きの長さや音色が異なる音を聴かせることで音空間を再現することが出来ます。


東急建設 技術研究所 パンフより 方位別再生室 2000年頃

 視覚情報が無ければ、残響が長ければ広い空間を、短ければ狭い空間に感じます。目の前を横切るように音像を動かすと、例えば電車や自動車、飛行機などが移動するように聞こえます。時間で変化する環境騒音(風の音や人々の会話、遮断機の音など)を与えると、時間の経緯も体感できます。
 この技術を応用すると、狭い部屋のような閉鎖空間でも、ストレスなく生活できる疑似空間を創成することが出来ます。

 面白い実験だったなあ。技研の中の年代や性別の異なる人を集めて、どの様に空間を捉えているか、被験者になって貰いました。疲労度を見るために小テストまでして、いじめていました。


東急建設 技術研究所 パンフより 音を聴かせながら小テストの実施 2000年頃



※NPO建築・街づくり支援センターのメンバーに昔お世話になった幸村さんのお名前を見て、まだお元気で活躍されているなあと思いました。