門司港駅周辺
うさお&Cacco
門司港駅から歩いて5分程度のところに、旧門司三井倶楽部が残っています。同館のパネル展示にはこうあります。
国指定・重要文化財 旧門司三井倶楽部
大正10年、三井物産門司支店が同社の接客、宿泊のための施設として門司港山手の谷町に建築したもの。平成7年に現在の場所に解体・移築された。
ここでも予約をすれば和洋レストランで食事を頂けるのですが、昼間、折尾と門司の赤煉瓦プレースに行っていたのでそれは諦めました。帰ってきたら閉館していましたものね。
旧三井倶楽部 正門を望む 2025年7月8日
旧三井倶楽部 裏門を望む 2025年7月8日
翌日、気を取り直して見学に出かけました。 木造三階建ての瀟洒な洋館です。横濱の山手にありそうな佇まいです。「外交官の家」当たりかなあ。
旧三井倶楽部 建物正面 2025年7月9日
お洒落な入口から入ります。
旧三井倶楽部 入口 2025年7月9日
旧三井倶楽部 入場券 2025年7月9日
二階にはアインシュタイン夫妻が大正11年に宿泊された寝室、居間が復元保存されている。平成2年3月19日、北九州地方における大正期の近代化を示す建築として重要文化財に指定された。
(同館パネルより)
早速、二階から観に行ってみましょう。中では靴を脱ぎます。
旧三井倶楽部 二階に登る階段 2025年7月9日
アインシュタイン夫妻
旧三井倶楽部 博士夫妻の泊まった部屋 2025年7月9日
何故か博多の栄屋旅館にあったアインシュタイン博士のサインがここにありました。
アインシュタイン博士のサイン入り扁額
アインシュタイン博士は大正11年11月27日に来日し、12月29日まで滞在して講演などを行いました。 この間、12月23日に門司に入って三井倶楽部で一泊し、翌日は福岡市で日本最後の講演を行って、博多の栄屋旅館に宿泊しました。博士は栄屋旅館で要望に応じ、いくつかサインを残しました。これもその一つで、同行した物理学者の石原純が「お不以なる(おおいなる)相對論の創始者の鬢やや志ろし冬の陽あかく」と歌を書き、真ん中に博士が「AE」「1922」とサインを入れています。
旧三井倶楽部 栄屋旅館に残した博士のサイン 2025年7月9日
旧三井倶楽部 栄屋旅館に残した博士のサイン 2025年7月9日
栄屋旅館と黒板
ア博士は福岡講演の爲、門司港に滞在しました。12月24日10時50分の急行で博多へ向い、福岡の大博劇場で三千人の聴衆を迎えて講演を通訳の石原純教授の解説付で行いました。その時、博士が消し忘れた黒板は保存されましたが、戦後、行方不明になったと言うことです。
その夜は博士の希望で和風旅館「栄屋」に一泊しました。栄屋では布団を8枚重ねてベッドのようにして心をこめて迎えました。博士は和風を喜び、畳や布団も経験、味噌汁も飲んだそうです。また、差し出された絹地に毛筆で大きなサインを書き、宿の歓待に感謝の意を表しました。
(部屋に飾っているのはそのときの複製)
旧三井倶楽部 栄屋旅館に残した博士のサイン 2025年7月9日
旧三井倶楽部 栄屋旅館に残した博士のサイン 2025年7月9日
ここはトイレと浴室ですが、ガランとした大きな空間なので、貧乏人のうさおはここでは用が足せないかも、特にトイレね。
旧三井倶楽部 浴室とトイレ 2025年7月9日
旧三井倶楽部 夫妻の泊まったベッドルーム 2025年7月9日
旧三井倶楽部 部屋が広すぎて隅の方で過ごしたい 2025年7月9日
当日はトピックスとして林芙美子の生涯を展示してありました。
旧三井倶楽部 林芙美子の等身大パネル 2025年7月9日
旧三井倶楽部 生い立ちなどの展示 2025年7月9日
旧三井倶楽部 林芙美子の書簡の様だ 2025年7月9日
旧三井倶楽部 ここで一休み 2025年7月9日
裏階段を降りると一階の広間、音楽室、食堂に繋がります。
旧三井倶楽部 一階に降りてきました 2025年7月9日
旧三井倶楽部 食堂に入り、また一休み 2025年7月9日
旧三井倶楽部 脚が疲れちゃたんだよねえ 2025年7月9日
旧三井倶楽部 豪華なプリンを頂きます 2025年7月9日
旧三井倶楽部 暖炉 2025年7月9日
旧三井倶楽部 窓から覗くと門司港レトロ展望台が見えます 2025年7月9日
大広間に戻ってきました。うさおは入口のステンドグラスと煉瓦建物について質問します。すると係りの女性から、「門司港レトロ旅手帳」を頂きましたが「煉瓦」と言う本を買わされました。「詳しく出てますよ」
旧三井倶楽部 係りの人に訊ねる 2025年7月9日
旧三井倶楽部 帆船のステンドグラス 2025年7月9日
旧三井倶楽部 ピアノ演奏もあるようです 2025年7月9日
旧三井倶楽部 門司港の街を望む 2025年7月9日