負け節が好き
                        うさお

                  
 

 うさおはさほど屈折した青年期を過ごした訳ではないですが、高校や大学や職場に入ってみると自分より遥かに才能がある人物や、憧れる生活をいともたやすくしている輩が多く、何かとても敗れた感に落ちた時がありました。自分は極、平均的な生活をしている人間だったと思っていたのに、「違うよ!」と突きつけられて、縁辺の危うい立ち位置を示されたときには思わず唸ってしまった。
 この時から、マイナー・フォークの「負け節」が好きになったのだと思います。

加川良 下宿屋
 加川良は吉田拓郎のようにTVに取り上げられるほど人気があった訳ではありません。でも好きでした。独特な何回もしゃがみ込むような歌い方は、流石にうさおでも「あれっ」という違和感を持ちました。「下宿屋」は高田渡の住まいのことで、岡林信康も来ていたと聞いています。殆どモノローグで最後の小節で歌に入ります。「京都の秋の夕ぐれは コートなしでは寒いくらいで 丘の上の下宿屋は いつもふるえていました」このフレーズが好きで、散歩の時は口ずさんでいました。歌の下手なうさおは、このようなメロディーの無い歌詞が得意でした。

高田渡 あきらめ節
 下宿屋の住人の高田渡も激貧の生活です。「あきらめ節」は添田唖蝉坊が原作だと聞いていますが、すっかり高田渡風にアレンジをしていますのでオリジナルと言っても良いでしょう。
 「米は南京 おかずはひじき」の節は、「おかずはきなこ」と憶えているのですが、コンサートごとに多少アレンジを加えていたのかも知れません。「お前この世へ何しに来たか 税や利息を払うため こんな浮世へ生れてきたが わが身の不運と あきらめる」現代でも庶民の待遇は変わりません。


岡林信康 流れ者
 ゼネコンに居た時には「飯場飯場と 渡ってく」のフレーズが、建設マンの生き様はこうなんだよと変に浸っていました。うさおは技術研究所勤務であったため、現場には支援に赴きますが現場常駐したことはありません。似非建設マンです。
 岡林信康は一番、傾倒した人です。風貌から哲学的なものを感じていました。
 「せんべい布団に くるまって おれが見る夢は 何の夢 どこか似ている この町が 思い出させる 故郷の」
 この歌は「山谷ブルース」ほど知られていないため、知っている自分がちょいと得意でした。

なぎら健壱 葛飾にバッタを見た
 東京で生まれ育った、なぎら健壱がどこかしらに都会人ではない臭さを漂わせているのは、その風貌、行動にあるのかも知れない。坂崎幸之助との対談を見ると、この人は本当にフォークが好きで当時、活躍された人を何人も列挙できました。呑んべいな処が高田渡とも通じるのかも知れませんが、高田渡のように演奏中に寝入ったりしません。「下宿屋」同様、最後の一節になるまでモノローグです。「昨日江戸川を歩いていたら 空はうそみたいにきれいだったし そして地上には ほら バッタは遊んでいたし」泉谷しげるの「春夏秋冬」も挙げたいけど、あの人、負けてないからなあ。


甲斐バンド 最後の夜汽車
 甲斐よしひろの負け節なら、「裏切りの街角」を挙げる人がいるかもしれない。しかし、女々しいのは抜群に「最後の夜汽車」だろう。
 「この夜にさよなら」のアルバムの中に入っていますが、シングルカットされた売れている曲でもありません。おまけ的立ち位置なのかもしれない。
 うさおが自分の人生と照らし合わせて共感しているのは次のフレーズ。
 「スポットライトはどこかのスターのもの 陽のあたらない場所を僕は生きてきた ふりそそぐ白い月あかりにさえ 肩をすぼめては目をとじてきた」
 わかるわぁ~、ぽろっ。



アリス 帰らざる日々
 新都庁会議棟のJV現場で、幹事会社の大学の先輩がサブコンのうさおを、ゴールデン街に誘ってくれました。酒の飲めないうさおですが雰囲気は嫌いではありません。ママが一曲どうぞとマイクを回してきます。困っちまったな。歌える曲が無い。変な汗が背中を伝う。これ、知ってると指さしたのが「帰らざる日々」。何とか歌い終わると別の席の初老のサラリーマンが「なんて曲だ?」と連れに聞きます。たぶん、「夕暮れが近づいてくる 私の人生の」の処だろう。身に詰まされちゃったんだろうな。夕暮れに。
 Caccoはこの曲が嫌いです。荒木一郎の「君に捧げるほろ苦いブルース」のパクリぽいから。

サザン 真夏の果実
 桑田佳祐の曲を聴いたときにはこの曲の良さが判らなかった。uluの動画を見て素晴らしいと思った。これは立派な負け節だよ。多分に演歌ぽいけど嫌いじゃないねえ。「涙があふれる悲しい季節は 誰かに抱かれた夢を見る 泣きたい気持ちは言葉に出来ない 今夜も冷たい雨が降る」フレーズは短いが総てが込められている。「マイナス100度の太陽みたいに」が敗けが決まっている者の気持ちを代弁しているね。
 アリス辺りからもうフォークのジャンルじゃないけどね。

中島みゆき 03時
 女性歌手には、恨み節はあるけれど負け節は無いように思っていました。流石、みゆきさんは凄い、「玲子」なんかはいきなり怒鳴るので吃驚。ADOみたいでした。「03時」は境遇を端的に示しどうだ負け節だろう?って言われているようです。「そのまま切るなと 話は続く あたいは 受話器の 手を離す」町を出るという表現が若い時にはよく分からなかった。隣町まで目と鼻だったので電車に乗るまでも無く歩いて行けちゃったので。北海道は広いから距離感が違ったんだね。


長渕剛 泣いてチンピラ
 この人の曲を負け節に入れるのは、少し引っかったぞ。泉谷しげると同様に自分で這い上がって来そうなんで、負け節では無いよなあという想いが強い。なぎら健壱がこの人をフォークの仲間として分類していたけど何かしっくりこない。「裸電球ぶら下がった部屋で 忍び泣いてる女はなお哀しくて ああ爪を噛んで強くお前を抱きしめた ああ吹いてきたぜ臆病風が吹いてきた」
 この曲も負け節なのだけど、尾崎豊のように何でも壊しそうで逆に強さを感じちゃうんだよな。