

Tomy jr.
イギリス・フランス・アメリカ合作・2024年公開

監督:サム・テイラー=ジョンソン
出演:マリサ・アベラ
ジャック・オコンネル
エディ・マーサン
ジュリエット・コーワン
サム・ブキャナン
レスリ-・マンビル 他
上映時間: 123分間
興行収入:約75億円
写真:映画.comより
《概要》
2008年にグラミー賞主要5部門を受賞しながら、2011年に27歳で早逝したイギリスのシンガー・ソングライター、エイミー・ワインハウスの波乱万丈の半生を描いた伝記映画。彼女の生い立ちや家族環境、音楽ビジネスや恋愛に至るまで本能のままに生きた歌姫の実像に迫る。
《ストーリー》
ジャズ歌手だった祖母の影響もあり子供の事から歌うことが大好きだったエイミー。自分の気持ちを率直な歌詞にして作曲し歌うエイミーは次第に音楽業界でも注目を集める存在となる。そして音楽の世界では成功を遂げて全米進出を果たすが、私生活では飲酒とドラッグに加えて運命の男と出会ってしまう。好きな男との別離や復縁、結婚、そして夫の服役、愛する祖母との死別等を経て、酒とドラッグに溺れ暴力沙汰も起こす。群がるパパラッチにも心を病んだ彼女はリハビリ施設に入所する。グラミー賞で主要5部門を受賞し、仕事では成功を収めた彼女だが、離婚し失意の中で次第に生きる希望を失っていく。
《所感》
彼女は“ちょっとワルでノリの良いイケメン”男が好きなようだ。男性の趣味が高尚である必要はないが、流石に惚れた男が問題だった。飲酒とドラッグ(薬物)とタトゥー好きは共通しているが、男は暴力事件を起こし逮捕され服役までしてしまう。そんな彼の妻になって子供を産みたいと願うエイミーは、決して男心を理解して巧みに操るタイプではなかったため、結局、男に愛想を尽かされる。その理由は男目線で見ればすぐに分かる残念さだ。
彼女の死因は急性アルコール中毒で自宅には致死量を超える酒瓶が転がっていたらしい。確かに早逝ではあるがこれは事故ではなく、むしろ自死に近い。彼女は既に生きる希望を失い精神的にも病んでいたのだろう。もともと日常的に飲酒とマリファナとタトゥーに親しみ、アルコールやドラッグ依存症気味だったのだが、結婚までした好きな男が自分を見限って去り、別の女性との間で子供が出来たと知らされたことが決定打になったのだろう。
エイミーにとって生涯最後のレコーディングとなったのはトニー・ベネットのアルバム「DuetⅡ」*で彼とデュエットしたジャズ・スタンダード「Body and Soul (身も心も)」だ。この映画でも祖母の家でこの曲のトニーのソロバージョンが流れていた。同アルバムは彼が各界のレジェンド達とデュエットをしているのだが、トニーとエイミーがデュエットしたこの曲はシングルチャートインし、後にグラミーのベストデュエット賞にも輝いている。
映画「エルヴィス」で主演のオースティン・バトラーがプレスリーになり切って見事な歌唱を聴かせてくれたように近年ではミュージシャンの伝記映画ではよくあることだが、この映画でも主演女優のマリサ・アベラが見事にエイミーを演じている。でも一応、念のため本物のエイミーの映像と歌を聴きたくなって、トニー・ベネットの「DuetⅡ」の動画を観直してみた。勿論、彼女は素晴らしいシンガーだとは思うが、私の好みではなかった。
彼女は全米進出も果たし音楽ビジネスの世界では大成功を収めるのだが「お金を得る事は目的じゃないし興味が無い」と言い、そしてシンガー・ソングライターとしての名声を得ても「私は歌うために生まれてきた訳じゃない」と言い放った。そして何度も「私の夢は好きな人と結婚し母親になること」だと言うのだ。これは何の特別な才能も持たないごく普通の女性が抱きそうなささやかな夢のようだが、彼女はその夢を遂に叶えられなかった。
この映画を観て私が改めて思ったのは「天使は自らの使命を果たすこと以外では幸せになれない」ということである。天使というのは頭の上に輪が付いていて羽が生えている人ではなく、天から特別な使命を授かってこの世に生まれて来た人達のことである。物書きを含めた芸術家や学者やプロのアスリートなど、一般人は持っていない並外れた才能や力を生まれながらにして授かった人達でもあり、giftなどとも呼ばれることがある人々のことだ。
恐らくエイミーもそういう人だったと思われる。多くの人々が特別な才能もない中で日々の幸せを探し続けて人生を終えるのに、天使はその才を生かすことで確実に幸せになれるのだ。しかし逆にその才を生かすこと以外では決して幸せにはなれないようだ。それでも彼女は「私は歌うために生まれてきた訳じゃない」と言い一般女性のように「結婚して母親になることが夢」と思い込んでいた。これは言うなれば“無自覚な天使の悲劇”である。
そして、もう一歩踏み込んで考えると実は我々凡夫も含め全ての人間は天使なのではないか、つまりこの世に産まれるには何らかの使命を果たすことを天に宣言しているのではないかと私は薄々思っている。その使命はトップアスリートや著名な芸術家のように飛び抜けた才能を生かすこととは限らない。人並みの才能でコツコツと何かをし続けることで果たせる使命もあるからだ。でも我々はそれが何か知らないから人生は面白い。(2025.07.30)
* :「DuetⅡ」はトニー・ベネットが85歳を記念し2012年に発表したアルバム。レディ・ガガ、ナタリー・コール、マヘリア・ジャクソン、セリーヌ・ディオン、ウィリー・ネルソンなど錚々たる歌手達と1曲ずつデュエットし、グラミー賞も受賞している。
