富岡周りの地下壕跡  2016年2月7日、2019年6月17日


 久しぶりにお日和が良いので、金沢八景に近い富岡の海軍航空隊の門扉と、富岡総合公園の地下壕跡を見に行ってみました。
 海軍航空隊の門扉は、富岡総合公園の中にあります。国道16号の鳥見塚交差点から金沢シーサイドラインの南部市場駅を結ぶ道路沿いにあります。この公園は旧日本軍の横浜海軍航空隊の基地があった所です。大東亜戦争後は米軍に接収されていましたが、返還されて公園になりました。

横濱海軍航空隊門跡


富岡周りの地下壕跡 海軍航空隊の門 格好をつけるうさお 2016年2月7日

海軍航空隊の門 府中の航空隊の門とよく似ている 2016年2月7日

富岡周りの地下壕跡 石門の左側 2016年2月7日

富岡周りの地下壕跡 石門の左側の裏 2016年2月7日

富岡周りの地下壕跡 石門の右側 2016年2月7日

富岡周りの地下壕跡 石門の右側の裏 2016年2月7日

富岡周りの地下壕跡 石門の門碑 2016年2月7日

富岡団地跡

 そう言えば、この先の大きな団地があったけど無人になっていました。大層綺麗な富岡団地でしたが、見事に廃墟でしたね。


富岡周りの地下壕跡 廃墟の富岡住宅 2016年2月7日

富岡周りの地下壕跡 廃墟の富岡住宅 2016年2月7日

 この航空隊の石門は府中の航空隊の石門に雰囲気がよく似ています。車で普通に走っていたら、見逃してしまうくらい謙虚な地味さです。


調布飛行場の門柱跡  2015年10月18日

 金沢観光協会によれば、「杉田から富岡への旧海岸線は昭和9年から埋め立てられ、昭和11年10月に開設された横浜海軍航空隊の水上機基地として、また昭和17年10月から終戦までは飛行艇隊の基地として使用されました。日本の敗戦により米軍に接収されましたが昭和46年1月に返還され、昭和50年3月富岡総合公園として新しく生れ変わりました。
 公園入口に昔の航空隊の隊門のみが残っています また、公園の一角に全海軍飛行艇隊の戦没・殉職者2000柱を合祀した浜空神社がありましたが、平成20年横須賀の雷神社に移設され、跡地には慰霊碑が建立されています。」
と書いてありました。
 この公園には、航空隊の地下倉庫のための地下壕があり、帝国海軍の配水池がありました。
 「磯子区の戦争体験を記録する会」代表の葛城峻さんの記事で、「太平洋戦争で敗れるまでは、今の富岡総合公園になっている場所と神奈川県警の第一機動隊の基地、国家公務員富岡住宅のある一帯が横浜海軍航空隊の基地で、毎日のように飛行艇が発着していた。アメリカ軍に接収された後は、今の機動隊の敷地が主に使われて、公園の丘の方は特に利用されていなかった。現在のアーチェリー場付近からライフルの弾が見つかったという話は聞いたので、射撃の練習場などとしては利用していたようだ。
 公園が海軍の敷地だった一帯に、地下倉庫があったと言う。現在、地下倉庫の入り口は完全にふさがれており、当時の痕跡を辿ることはできない。
 一般には公開されてないが、第一機動隊の敷地に航空隊時代の飛行艇の巨大な格納庫が今でも残っている、米軍時代も使われていたし、今も県警の特殊車両用のガレージとして使用されている。
 また、機動隊の敷地には、飛行艇用の駐機場(エプロン)の劣化したコンクリートや、当時、燃料や魚雷などを格納するため使用されたレールも残されている。」
と興味をそそる話が残っていました。

 見に行きましょう。横須賀の雷神社はまた機会があれば、行ってみましょう。雷神社は追浜駅の近くの小山の上にあり、そんなに標高が無いのですが結構、階段がきついと聞いています。

地下壕跡

 公園の駐車場に車を止めて、のんびり公園内を歩いていくと、ありました、ありました、地下壕の入り口が。ブロックで入口は埋められていますが、多分内部はしっかり残っているんじゃないかなあ。そんな想いを馳せながら、見て回ります。


富岡周りの地下壕跡 富岡総合公園 2019年6月17日

 一つ目の地下壕入口です。


富岡周りの地下壕跡 其の1 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 其の1 2019年6月17日

 直ぐ脇に第二の地下壕入口があります。


富岡周りの地下壕跡 其の2 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 其の2 2019年6月17日

 次は3番目です。


富岡周りの地下壕跡 其の3 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡  2019年6月17日

 これが最後の入り口です。坑口は何だか前の方に浮いていて、倒れそうです。


富岡周りの地下壕跡 其の4 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 其の4 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 大きな穴が開いている 2019年6月17日

浜空神社

 ここ以外にも地下壕の入り口はありそうですが、もっと判りづらいところにあるんでしょうね。地下壕の脇にせせらぎがあり、亀や鯉がいます。水が豊富なところなんだな。


富岡周りの地下壕跡 この石は何だろう 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 せせらぎ 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 亀 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 鯉 2019年6月17日

 あれ、変な処に石段があるぞ、階段を上り切った処に大きな木がある。なんだこれは。


富岡周りの地下壕跡 この階段は? 2019年6月17日

 石垣を回り込んで行くと、浜空神社がありました。さっきの石段は神社に繋がる道だったんだな。小さい祠の割に参道が立派です。ここでは、さっきのせせらぎが渓谷になっています。この参道は、浜空神社と慰霊碑を繋げています。


富岡周りの地下壕跡 浜空神社参道 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 浜空神社碑 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 鎮魂の碑 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 桜の由来 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 神社の由来 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 貼ってあったチラシ 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 手水舎 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 境内 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 意味不明の基礎 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 慰霊碑 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 鷲 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 題 浜空 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 神社碑 2019年6月17日

海軍航空隊の門跡

 さらに進むと、横濱海軍航空隊の石門があります。前回見たところです。よしっ、見た目は変わりはないぞ。


富岡周りの地下壕跡 門は道路沿いにある 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 ここまでが敷地内 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 北側の門 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 南側の門 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 北側の門 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 門柱 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 門の銘板 2019年6月17日

海軍配水池跡

 元気だったのはここまでです。海軍の配水池を探すため、この急勾配の階段を上らなければいけません。休み休み登りましたが、結局なけなしの体力を使い果たしてしまいました。


富岡周りの地下壕跡 急な階段 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 草臥れた 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 まだ階段がある 2019年6月17日

 配水池の目印となる、境界柵は直ぐに見つかりました。ここからがいけません。あの鋳鉄製の水栓が見つからないのです。藪の中を分け入っていましたが、結局判りませんでした。犬を連れた地元の人に尋ねて見ましたが、何も知らないとのこと、結局、あきらめて帰ってきました。


富岡周りの地下壕跡 山道を行きます 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 目印の柵です 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 でも無い 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 無いぞ 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 境界石はあるが 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 水栓は無かった 2019年6月17日

富岡周りの地下壕跡 浜空の碑 2019年6月17日

 今度、秋口の涼しい時に、この配水池と格納庫、日本飛行機の会社でも見に行きたいと思います。