走水水源地・川間ドック 2016年3月29日

 横須賀市の広報誌を見ていたら、走水の水源地の桜フェアが開催されていることが判りました。水源地の中を見てみたかったことも有り、早速お花見に行くことにしました。
 横須賀市上下水道局・技術部技術推進課の長谷川浩市氏の、「横須賀市水道の歴史遺産〜走水水源地の水道施設〜」の記述の中で、
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 横須賀造船所は、フランス海軍技師ヴェルニーによって建設されました。造船所の拡大とともに近くの溜池では、水の需要が賄えないことから明治7(1874)年にヴェルニーは造船所から7q離れた走水の湧水に目をつけ、水道管布設工事が始まります。途中の山地に4か所のトンネル(延べ680m)が掘り抜かれ高低差10mで自然流下方式により延長6,950.8m、内径5インチの土管を使った水道管が布設され、明治9(1876)年12月13日に通水しました。
 翌明治10(1878)年に横須賀港は、軍港に指定され、さらに、明治17(1884)年に鎮守府が置かれ、横須賀造船所は拡大していきます。明治18(1885)年に走水系統は既設の5インチの土管から8インチの鉄管に布設替えしました。8インチ鉄管の通水では、水がいっこうに到達せず、ゴム管を差し込み、交代で空気を吸い続けたというエピソードが伝わっています。
 その後、走水水源地から南方700mの覚栄寺裏山に新水源を求め、明治28(1895)年に貯水池を新設するとともに、導水路が築造されました。
 さらに、明治34(1901)年から走水系統の増強を図りました。それは、8インチの鉄管を廃止し、10インチ鉄管を布設し、ポンプ圧送に切り替えるためポンプ所を設けました。また、貯水池(レンガ造り、容量142?)を築造し、貯水池中心に山裾に沿って東側へ250m、西側へ96mにわたってレンガ造りの集水埋渠を設置し、現在も豊富な湧水を取水しています。
 日露戦争後の明治40(1907)年にさらなる増強工事を行い、明治41(1908)年には、走水水源池内に我が国で初期の鉄筋コンクリート造りの容量1,000?の浄水池を築造し、現在の施設規模になりました。この浄水池は、補修を加えて現在も使用されています。

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と述べられています。
 ・煉瓦造りの貯水池がある。
 ・煉瓦造りの集水埋渠がある。(これは見ることが出来ませんでした)
 ・コンクリート造りの浄水池がある。
 ・10mの高低差を利用した自然流下水道がある。
と言うことが判りました。これを見に行ってみましょう。

 地図をお見せします。


走水海岸付近の地図 google参照

 右の方に覚栄寺があります。ヴェルニーは、この裏山に水源地を見つけたんですね。
 横須賀市水道局の駐車場に入ると、駐車場の中に無料給水場があります。
 

走水水源地 駐車場にある給水場 少し塩辛いそうです 2016年3月29日

走水水源地 う〜ん、塩辛いかな 2016年3月29日

走水水源地 無料給水場の看板 2008年に改築されたもの 2016年3月29日

走水水源地 国道16号沿にあるレンガ造貯水池 (明治35年築造) 2016年3月29日

走水水源地 国道16号沿にあるレンガ造貯水池 (明治35年築造) 2016年3月29日

走水水源地 走水水源地内鉄筋コンクリート造浄水池(明治41年築造) 2016年3月29日

走水水源地 走水水源地内鉄筋コンクリート造浄水池(明治41年築造) 2016年3月29日

走水水源地 走水水源地内鉄筋コンクリート造浄水池(明治41年築造) 2016年3月29日

走水水源地 走水水源地内鉄筋コンクリート造浄水池(明治41年築造) 2016年3月29日

走水水源地 獅子頭共用栓があります 横浜にあるものとよく似ています 2016年3月29日

走水水源地 横須賀水道発祥の地の碑 2016年3月29日

走水水源地 ポンプ室 2016年3月29日

走水水源地 ポンプ室 2016年3月29日

走水水源地 薬品室 2016年3月29日


 桜はまだ、3分咲きなので出かけて来る人もまばらでしたが、やはり週末は瞬く間に駐車場は一杯になり、場内も大賑わいとのこと。中で持参のビールは飲めるので、できあがちゃう人も出るんだろうな。私たちのお弁当が気になるのか、トンビ君が低い位置まで下りて来ます。猛禽類だから怖いぞ。


走水水源地 水源地の桜 2016年3月29日

走水水源地 水源地の桜 3分咲き 2016年3月29日

走水水源地 お弁当を狙うとび君 2016年3月29日

走水水源地 花見客は三々囂々集まってきます 2016年3月29日

走水水源地 海軍省と読めますが 2016年3月29日

走水水源地 裏には東京湾要塞第壱地帯標と書かれています 2016年3月29日

走水水源地 これは何? 下に何か埋まっている? 2016年3月29日

走水水源地 こんな風に規則的に並んでいます 2016年3月29日

走水水源地 警備のおじさんと記念写真 2016年3月29日

 お花見を終えて、あの走水地下陣地の銃眼が探せないかなと、海岸の方に向かってみます。ほう、海水の透明度はなかなかのもので、さすが水源地だなあと感じました。(海の綺麗さと水源地の綺麗さは関係ありませんけどね)
 海岸にはごろごろと、煉瓦片が落ちています。明治の頃の遺構がある証拠のようで、わくわくします。けれどもそれ以外のものはありません。(戦車のキャタピラ跡とかね)
 銃眼がありそうな崖の面を探してみましたが、藪のなかで入らないと、見つけられそうにありません。ここかなと思う処はありましたけどね、
 たまたま、引き潮の時だったので歩いて行けたのですが、それでもcaccoは水溜りに、高い靴を突っ込んで舌打ちをしていました。汚れてよい靴で行かなくちゃあ。
 ふと見ると、石垣の所にところどころに結び瘤のあるロープが下がっています。webに載っていたあれだな。


走水水源地 漁船の突堤につながる大桟橋 2016年3月29日

走水水源地 これは何? キン肉マンにしては不気味 2016年3月29日

走水水源地 ねっ! 2016年3月29日

走水水源地 走水の海岸 岬の所に走水小学校があります 2016年3月29日

走水水源地 大きな瓦礫 軍のものだったのか 2016年3月29日

走水水源地 海岸に散らばる煉瓦の破片 2016年3月29日

走水水源地 木の陰の濃いあたりが銃眼ではないか 2016年3月29日

走水水源地 何の遺構だろうか 2016年3月29日

走水水源地 登るためのロープが残っています 2016年3月29日

走水水源地 大桟橋を望む 2016年3月29日

走水水源地 ここには猫が大量に生息しています 2016年3月29日


 私たちには、もう老齢で藪漕ぎや崖登りは無理なので引き返してきました。海岸の近くに小洒落たお店がありました。東南アジア・テイストですね。「かねよ食堂」と看板が出ています。
 結構賑わっており、フロア・アテンダントのお姉さんたちも数人おり、お客さんも圧倒的に女性が多かったです。
 フロアの片隅に、大きめのワンちゃん用の水入れとご飯入れがありました。聞いてみると、ロットワイラー種の大型犬であるとのこと、どんな犬か探しましたが店内にはおりませんでした。
 屋根の上に大きな猫がいて、それを犬だと勘違いしてしまいました。真っ黒なレトリバーに似ている、ほとんど寝ているようなワンちゃんでした。


走水水源地 アジアンテイストのカフェ「かねよ食堂」 2016年3月29日

走水水源地 アジアンテイストのカフェ「かねよ食堂」 2016年3月29日

走水水源地 かねよ食堂の内部 2016年3月29日

走水水源地 かねよ食堂の内部 2016年3月29日

走水水源地 屋根に上っていた犬様なもの 猫ですね 2016年3月29日

走水水源地 お店のわんこはこの子でした 2016年3月29日

走水水源地 木の陰にあるのが、このカフェのアネックス 2016年3月29日

 ヴェルニーが造った水路跡のトンネルを見に行きました。一方通行ですが、結構どっしりとした本格的なもので、見応えがありました。
 走水第二隧道は明治15年に、走水第一隧道は明治16年に造られました。第一隧道の煉瓦アーチの巻き数を見てみると、少なくとも5層はあります。砲台の弾薬庫のアーチ煉瓦は8層巻(三軒屋砲台の倉庫は9層巻)のものまでありますが、隧道で5層から6層(吹付コンクリート補強されているため、5層までは見えるが厚さから言うと6層くらいありそうです)のものは珍しい部類に入ると思います。
 このあたりの山は急峻だなあと、財務省の保管地を見ていると、あれ、これはトンネルを隠した跡じゃねえって、ものが見つかりました。web上ではここの記述を見ていませんので、まだ誰も気づいていないものだと思います。古墳時代の横穴式住居の跡かもしれませんけどね。


走水水源地 走水第2隧道 2016年3月29日

走水水源地 走水第2隧道の内部 2016年3月29日

走水水源地 近くにあったおキツネ様の神社 2016年3月29日

走水水源地 走水隧道の由来 2016年3月29日

走水水源地 走水第1隧道 2016年3月29日

走水水源地 走水第1隧道の内部 2016年3月29日

走水水源地 走水第1隧道の出口 2016年3月29日

走水水源地 隧道出口脇にあった洞窟の埋戻し跡 2016年3月29日

 世界に4つしかない煉瓦ドックのうち、2つが浦賀に存在します。ひとつは浦賀ドックでその稿をご参照ください。(54.浦賀ドック)
 もう一つが川間ドックで、今はシティ・マリーナ・ヴェラシスというヨット・ハーバーにあります。
 以前に、千代ヶ崎砲台跡を調べたくて、燈明台に行った時に若いお兄ちゃんが、石川島・播磨重工業の工場跡地で何か一生懸命探し物をしていました。あの、写真の裏側の位置に川間ドックが存在していました。(117.観音崎・千代ヶ崎)

 立て看板には、
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 (株)東京石川島造船所が、大型船の建造修理のため、当時、取締役会長であった渋沢栄一の提案により、明治二十八年(1895)十月に浦賀分工場として建設に着手し、同三十一年に営業を開始しました。同三十五年には浦賀船渠(株)が買収し、以後、同社の川間分工場になりました。
浦賀行政センター市民協同事業・浦賀探訪くらぶ

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と書いてあります。

 川間ドックは放置されたままで、水路のような扱いです。世界的産業遺産が、何か扱いが悪いような気がします。IHIの工場用地も多分人手に渡っていると思いますので、工場用地に残っている基礎や柱の跡も、早晩無くなっちゃうだろうな。
 敷地内の駐車場は、一回1,000円です。このマリーナにある喫茶店でお茶をし、マリーナの桟橋から写真を撮らせてもらい、あわよくば駐車料の割引券を貰おうと勇んでいきましたが、caccoからお休みみたいよってていう札の返事が来ました。もう車、駐車場に入れちゃったよ。
 撮影のロケーションは残念でしたが、まあ満足が行く写真が取れました。


川間ドック マリナ―側から奥を見る 2016年3月29日

川間ドック マリナ―側から海を臨む 2016年3月29日

川間ドック マリナ―の中にある説明看板 2016年3月29日

川間ドック 最奥にある階段 2016年3月29日

川間ドック 昇降用の階段ですが 2016年3月29日

川間ドック 海水が排水されていないので、途中から水中に 2016年3月29日

川間ドック ここまでくると溺れそうで怖い 2016年3月29日

川間ドック 道路側から見てみました 2016年3月29日

川間ドック 何か生活感が溢れている 2016年3月29日

川間ドック 石川島播磨重工業の工場跡か 2016年3月29日

川間ドック パノラマ写真で見ると、ドックはまるでバナナだ 2016年3月29日