建設業界 研究余滴

 このコラムの最終回はうさおの体験談を載せてもらいました。有難う御座います。

音屋の眺めた土木工事
 陽が落ち、とっぷりと暮れた畑の中で、少しの心細さと寒さの中で佇んでいました。彼方に豆粒のような人影が見え、多分、あれは同僚であろうと思えます。
 東名高速道路の東京バリア(川崎)での、防音壁工事の仕様を決めるための、事前の騒音調査の最中のことです。 
 音楽ホールを造りたいという志望を抱いて、建設会社に入社し、技術研究所の音響研究班に配属されましたが、来る日も来る日も、騒音対策に明け暮れる毎日でした。その分、土木工事にも関係することが多くなりましたが…。
 毎時の定点での騒音測定を行うため、騒音計とテープレコーダーを持ち、二十四時間にわたり自分の受け持ちを、数点廻ります。少し足踏みをして、次のポイントに移ると少し寒さが和らぎます。
 「寒い」、「遠い」、時として「眠い」。
 建築の仕事の中では、音とは空間を感じますが、土木の仕事では広がりを感じます。
 この調査の取り掛かりに、会社所有のヘリコプターで、上空から東名高速道路と東北縦貫道路の計測点のロケハンをした時のこと。厚木の上空に差し掛かった時に、下から上がってくる米軍のファントムと遭遇し、その胴体が間直に見え、迫力満点、銀色に光り綺麗だと感じました。 
 が、その後が大変で、ヘリのパイロットは「ニアミスだ」と管制局に問い合わせ、大騒ぎとなりました。
 この調査に関連して、東京バリアでの交通騒音の実態調査を行なう事となりました。バリア内に計測点を置き、騒音調査を行う者、車両調査を行う者、交通量調査を行う者と各々作業が分担され、私の役割は三〇メートルの高さのポールに八mm撮影機を設置し、コマ撮りでゲート付近の渋滞を見ることでした。
 ポールに取付けられた垂直の梯子をよじ登って、フィルム、電池を取替えに行くのですが、高くなるにつれて背筋にぞくぞくするものを感じ、指の力が段々消えていくような感じがして来ます。ポールが風にしなって、ゆっくりと左右に揺れます。一m位動くのでしょうか、周りの景色が変わり、酩酊感が味わえます。この妙な感覚も、作業が一昼夜に亙ると、ナチュラル・ハイになるのでしょうか、次第に快感に変わっていきます。ああ、いかにも、これが土木なんだと感じた事でした。
 今までに携わってきた土木の工事やアセスメント関連を、思い出すまま書いてみることにします。
川西に発破を見た
 入社して初めての大きな仕事は、造成工事の土木の仕事でした。昭和四六年に入社。その年に、大阪の川西地区の造成工事で、緊急の騒音のクレームが発生しました。新入社員としては、いきなりの出張で何の支度も無く、その日の内に出立。初めての大阪出張で嬉しくもありましたが、これが一箇月近くの間、帰れなくなるとは思いませんでした。
 川西の地層は、固い土丹層でモーター・グレーダーや、キャリオール・スクレーパーが駆けずり回っていましたが、時には発破をかけることもありました。初めて聞く発破は、やはり驚愕ものであったことが、記憶に刻み込まれています。
 しかし、第一次の分譲地には既に居住されており、その住民から騒音と振動のクレームが出ていました。
 時は夏、猛暑です。騒音規制法を満足するよう、最初は住宅地内で計測を行っていましたが、住民側から要請があり、家の中でも測る事となりました。汗が目の中に流れこむほどの暑さなのに、計測中は他からの影響をさけるため、部屋の扉も閉める事になり、勿論、エアコンも切られます。
 敷地境界に近い造成工事が続く間、連日の監視作業が続き、東京に帰ることも出来ず、下着も現地調達で、ホテルで洗濯の日々となりました。
 その甲斐もあって、住民とも顔見知りとなり、工事は順調に進みました。
水田の中で
 地域開発には、事前の環境アセスメントが必要で、動植物や住民に悪影響を与えないという検証が要求されます。千葉のH地区の開発にも、事前の騒音調査を行いました。
 周囲は河川敷きで、水田や畑ばかりで、所々に沼とも池とも言えるような葦原がありました。ここに住宅地を造成するのです。
 問題は、彼の地に陸上自衛隊の首都圏防衛用のミサイル基地があり、月に一度ぐらいの割で実戦配備の演習が行われ、レーダー・サイトのための自走式や牽引式の強力なディゼル発電車両や高射砲やミサイル車両が、基地内を縦横無尽に走りまわります。この時の騒音は、普段が静かな地域ということもあって、環境基準をやや上回る程度ですが、かなり気になるレベルとなります。
 開発会社の方で、自衛隊に申し入れをし、今までの鉄条網の敷地境界柵の代わりに、道路用防音壁で遮蔽することにしました。
 そのためには、現状の影響範囲を実測し、経済効率的な防音壁の高さを決定しなければなりません。演習が行われる日に、地域をグリッドに区切り、時間を決め無線で連絡を取りあいながら、移動して測る事になりました。私も四、五地点を受け持ち、湿地帯ということもあり、長靴に身を固めて、騒音計とテープレコーダー(昔のことですから、計測器は重量と嵩があり、両方を担いで歩くのはかなり苦痛でした)と無線機の携帯で、野戦さながらです。
 沼地に入ってびっくりしたのは、至る所に蒼茶色い蛇が、沢山いたことです。埼玉県の田舎育ちなのですが、元より蛇は嫌いです。飛び上がってしまいました。竹の棒を拾い、当たりの草むらを叩き廻って、安全を確認しながらの測定です。
 しかし、蛇もさるもの。前回、あのあぜ道にとぐろを巻いていたからと、そのあぜ道を避け、丘伝いに移動すると、少し窪地の潅木にぶら下がっており、腰の引けた調査をしていました。
 宿に戻り、明日もあの蛇に会わなければならないのかと思うと、少し暗澹たるものがありましたが、皆に聞くと蝮か縞蛇かと意見が分かれ、誰も蛇の種類を見定めるほど、蛇と顔を会わせていないことがわかりました。
 この調査により、高さ五メートルほどのがっちりとした防音壁が建てられ、初期の要求は達成できました。その後、自衛隊からも、有事の為の演習ではあるが、地域住民のために発電機室の防音工事や排気煙突の低周波音対策を依頼したいとのこと。自然換気を主体にした、マフラーなどの設計を行いました。
鉄道の上の住み心地
 今から約八年くらい前のことになりますが、電鉄会社から、駅舎の上に商用ビルやらホテル、音楽ホール、美術館などの文化施設にも供用したいので、騒音、振動の影響を予測して欲しいとの依頼がありました。これはなかなか難しい相談で、実は余り研究が進んでいないところです。今までは、鉄道の軌道敷の近傍で騒音、振動を測り、そのデータから建物に入る量を想定し、実験で求めた伝搬の経験則を用いて予測するものでした。しかし、駅舎に跨がる建物では、転動による振動が直接躯体に伝わり、対象とする部屋ではその内装材を振動させ、スピーカーのように音に変換して、室内に放射されます。この音を、固体伝搬音と言いますが、振動で伝わるため、遥か離れた部屋でも、転動騒音が聞こえます。
 ですから、軌道の構築の周りに、遮音性の高い材料で囲っても、振動絶縁をしない限り、音は伝わってしまいます。鉄筋、ガセットで構造上の縁を切ってもだめです。
 日本では、軌道上にその静けさを要求する建物が建つ例は非常に少なく、海外の幾つかにその例を見ることが出来ます。これは、地震国である日本の、構造的な法律の影響が大きいのでしょう。
 そこで日本大学理工学部木村翔教授、井上勝夫助教授とともに、構築内での転動振動の予測手法の研究を行うことにしました。日本大学は、山の手線の上に、都市を造る「トラポリス構想」を打ち出していました。
 電車振動の計測手法も確立されていなかったので、直接法と間接法の二種類の方法を考えました。幸いなことにレールに振動センサーを取り付けることも許されましたし、今まで採ることが出来なかったデータも得ることが出来ました。
 その地下鉄駅でのことです。終電後の深夜の二時頃、この日は特別に試験車両を走らせてもらい、走行速度を変えることで、空気伝搬音、固体伝搬音が、どう変化するかを実験していました。
 時は冬の二月。私は以前から花粉症の気があり、花粉以外でも敏感に反応するようになっていました。現場のセメントやら、煙草の煙にもナーバスになっており、毎年、この時期になると、予算策定や学会の原稿作りで夜を徹することがあり、それが引金で鼻詰りになるのです。
 通常の走行。何事も無く、電車は通りすぎていきました。時速を一〇キロメートル上げての走行です。突如、地下鉄構内に細かい塵が、霧のように吹き出して来て、私を直撃しました。今まではトンネル内に均衡を保ってへばりついていた塵が、風圧に負けて剥がれたのです。勿論、目は赤くなるし、鼻水は垂れるし、くしゃみは止まらなくなりました。土木技術者は花粉症では出来ないなと、建築技術者の私は思いました。
 色々な方のご支援もあって、波動的アプローチ、幾何学的アプローチによる振動伝搬の予測手法を、得ることが出来ました。この時のものを論文にまとめ、博士(工学)の学位まで、頂くことが出来ました。
 これ以外にも、建設会社に居ると、色々な土木設計的な仕事が舞い込みます。例えば、外殻外環状道路の盛土による遮音がどの程度効果があるのか、現地に実際の盛土を施工し、大型スピーカーで道路交通騒音を流し、その効果を見たり、その土を実験室(残響室)に持ち込み、吸音率を調べたりしました。
 長さ二〇メートルの簡易の無響室を造り、二〇分の一の掘割断面の道路模型に、道路騒音源を置き、掘割、盛土、高架、防音壁のシミュレーションも行いました。このシミュレーション技術は、その後、京葉線から発する電車の転動騒音の予測に用いられ、開通前の京葉線の高架橋にスピーカーを設置し、近隣住民に聞いてもらい、コンセンサスを得るために用いています。
 今まで、「研究余滴」の原稿を拝読させて頂き、自分なりにイメージしたイラストを描かせて頂きました。今回は自分の体験談です、楽しく読んで頂けたか少し心配です。



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