Tomy jr.
米国NEON・2023年公開
監督:マイケル・マン
出演:アダム・ドライバー
ペネロペ・クルス
シェイリーン・ウッドリー
サラ・ガドン
ジャック・オコンネル
パトリック・デンプシー 他
上映時間: 132分間
興行収入:約17億円
写真:映画.comより
《概要》
イタリアのスポーツカーメーカー、フェラーリ創業者の伝記映画。愛息を難病で失い、愛人との二重生活も妻に知られる。その一方で会社は経営危機を迎える。起業して10年後に公私両面で人生の転機を迎えた1957年の出来事に焦点を当てて描かれる。
《ストーリー》
イタリアのモデナで板金工場経営者の息子として生まれたエンツォ・フェラーリはアルファロメオ社のレーサーを経てレーシングチームのマネージャーとしての才能を開花させる。やがて彼は独立し妻と共同経営で会社を立ち上げ、レースで名を挙げて海外の王族にも高級スポーツ・カーを提供するなど順風満帆だった。しかし一人息子のディーノが難病で夭折してから妻との関係は冷え切り愛人との二重生活も妻に露見してしまう。一方でライバル社の追い上げで会社は経営危機に陥り、イタリア最大のレース(ミッレ・ミリア)に社運を賭けて臨むが…。
《所感》
“F1(モータースポーツ)の帝王”と呼ばれた伝説の人物エンツォ・フェラーリ。私自身はF1などモータースポーツのファンでもなければフェラーリのファンでもない。ただ子供の頃は自動車が大好きで、晴海のモーターショーに毎年通っていたクルマ小僧の血が久しぶりに騒いで映画館に足を運ばせたのだろう。私にとってはこの時代のクルマを見るだけでも懐かしく、1/24や1/32のプラモデルを作っていた頃を思い出させてくれる。
この映画は、人間ドラマなのか、カーレースものなのか、その両面を描いているだけに評価が分かれるようだ。主演のアダム・ドライバーはサングラスをかけるとまるでエンツォ本人が憑依したようだし、レーサーをはじめ妻や愛人など女性まで共演陣は好演している。また実際のレースシーンも観客がドライバーの視点で観られるようなカメラアングルや当時のレプリカ車の再現度、エンジンサウンドへの拘りなどはマニアも唸らせる出来である。
それだけにネガティブな評価をする向きは「(人間ドラマとしてもカーレースものとしても)どっちつかずの中途半端」と断じるだろうし、ポジティブな評価をする向きは「(人間ドラマとしてもカーレースものとしても)どちらも良く描いている」と断じるだろう。この両者の評価はどちらも理解できるし、その通りだと思う。そして私はそれらに加えてコロッセオや街並み、そしてイタリア郊外の風景シーン等の美しさも高く評価したいと思う。
1950年代のクルマは“スピード”を競っていた。最高速度を出したメーカーのクルマが売れるという時代背景もあり、マセラティに記録を破られると会社が潰れるという危機感からフェラーリはカーレースに血道を上げる。特にイタリア全土を縦断し1000マイル(1600km)を走破する同国最大のロードレース「ミッレミリア」での、あの“(知る人ぞ知る)衝撃的な出来事”の描写はVFXを駆使したらしくリアリティがあり、凄まじかった。
また、予告編で「ジャガーは売るために走るが我々(フェラーリ)は走るために売る」とエンツォが語ったので、私としては国内ではフィアットやアルファロメオ、国外ではジャガーやメルセデスやフォードなど自動車メーカーのレースに対する経営方針の違いや設計思想の違い等が描かれるものと期待した。でも実際にはレースのライバルとしてマセラッティが出てきただけで、フィアットもフォードも財政面の当て馬的な存在として登場しただけ。
ではこの映画はどういう人が観るべき映画かというと、フェラーリというブランドが大好きな人ではないだろうか。監督のマイケル・マンも学生時代からのフェラーリファンで「フェラーリ対フォード」という作品まで撮っている。この映画でも経営難のフェラーリをフォードが買収するのではないかというエピソードが出てくるが、そういった商談は実際にあったらしく、最終的にはエンツォが破談にしたという逸話も残っている。
そしてこの映画のミソは、愛人の子供ピエロである。エンツォと妻ラウラの間に生まれたディーノは難病で若くして亡くなる。愛人と子供の存在を知った妻は「私の眼の黒いうちはその子にフェラーリ姓を名乗らせない」ことをエンツォに約束させ、実際にラウラの死後にピエロはフェラーリ姓を名乗り現在フェラーリ社の副会長になっている。つまり、この映画を撮るためにはピエロの承諾が必要であり、彼とその母(愛人)を悪く描けないのだ。
エンツォがピエロを異母兄ディーノの墓に連れていくシーンがあるが、これはピエロこそがフェラーリの正統な後継者である事を世に知らしめているのだろう。熱烈なフェラーリファンであるマン監督にしてもクリエイターとして腕を揮えるならお安い御用であろう。映画「エルヴィス」が権利関係を握る元妻に配慮したり*、映画「ファウンダー」がマクドナルド兄弟に配慮したり**、この手の“オトナの事情”は常にあるものだ。(2024.08.17)
* :エルヴィス・プレスリーの妻、プリシラは娘を出産後にエルヴィスを裏切って彼の空手のコーチと駆け落ちして離婚した挙句、そのコーチも捨てて芸能界で派手に浮名を流し女優として活躍。エルヴィスの死後は彼の権利管理団体を立上げてCEOになり「プレスリー未亡人」を名乗ったという。従って彼女の影響を受けずに制作できない映画「エルヴィス」では彼女を悪く描けないため健気な妻ぶりで登場してて実に空々しい。
** :マクドナルド兄弟から権利を買い取ってマクドナルドを世界一のレストランチェーンとし、自らをファウンダー(創業者)と名乗ったレイ・クロック。彼の怪物ぶりを描いた映画「ファウンダー ~ハンバーガー帝国のヒミツ~」は、ファストフードシステムを実際に開発したマクドナルド兄弟サイドからの資料を元に映画化した。このため同兄弟の事は悪く描いておらず、マクドナルド社は当然ながらこの映画を完無視した。