作者:坂上暁仁
出版:リイド社
坂上暁仁さんは武蔵野美術大学 視覚伝達デザイン学科を卒業されております。卒業制作「死に神」が「第71回ちばてつや賞」に入選するという才人です。
1994年に福岡県で生まれました。このひとも漫画家、イラストレーターとして二刀流で働いており、絵の緻密さは凄いものがあります。
散歩と自転車が趣味だそうで、なんと東京から福岡まで歩いたことがあるそうです。倅が自転車で九州まで自分探しの旅に出たことを思い出します。
「神田ごくら町職人ばなし」
「コミック乱」
桶職人
刀鍛冶
紺屋
畳刺し
「トーチweb」
左官
自画像は蛸をイメージしたもので、素顔はネット探してみましたが見つかりませんでした。
Tシャツに「吉祥寺」と入っているので、お住まいはそのあたりかも知れない。または凄い器用な人で「手八丁、口八丁」の意味で自分を蛸に例えているのかも知れません。
はたまた、蛸の刺身で一杯やるのが大好きでこの絵になっているのかも。
さて、作品は本屋でお買い求めいただき、じっくり読んでいただければ結構ですが、江戸時代の職人の話を比較的淡々と描いています。職人ならではの苦労話がメインです。
「桶職人」、「紺屋」、「左官」が女職人が主人公です。江戸時代の話なので、男女格差が酷くて、そこらへんが話の肝かと思いきや、周囲の人間もジェンダー差別はほとんど行わず、「いい仕事をしてますね~」と言わせる職人技の修練の話です。
道具や建具、建屋を克明に描いています。色々文献を調べたのでしょう。時代考証も確かと思われます。この本を読んで思ったのは、坂上さんは落語が好きなんだなあということ。 タイトルの「ごくら」ですが、最初は色々考えました。「五蔵」で蔵が五戸前もあったのでしょうか。もう一つの考えは「じ
ごく」と「
ごくらく」を掛けた造語ではと思いました。 はずれです。ご本人は落語の業界用語「ごくら」と名付けたんだそうです。
https://twiman.net/user/875037410626650112/1225616855584231424
桶職人
多分発想は「桶屋が儲かる」あたりから描いてみようと思ったんじゃないかな。そう言えば「附き馬」にも桶屋が出てくるなあ。「図抜け大一番小判型」という言葉が妙に新鮮で、高校の友達にも何かというと「図抜け大一番」と意味もなく使っていましたね。この桶屋は早桶屋でしたが。
「たがや~」と言う話があります。大川端で花火が上がっています。人でごった返す橋の上で馬に乗った武士と、箍屋がすれ違います。職人の持った「箍(たが)」の先が爆ぜ、武士の笠を弾き飛ばし、怒った武士が斬りかかると刀は橋の欄干に。これを職人が逆に奪い、横一閃させるとお侍の首が空に飛び上がります。周りからは「たがや~」の掛け声が。
箍(たが)を掛けるのも桶屋の重要な仕事、これが上手くいかないと水が漏れます。
この女職人が働く様が良く描かれており、細工をするのに片足を前に出して身を屈めるさまがとても巧い。職人は「藍染のどんぶり」をよく着ていましたが、こんな風に女性が肩を露わにしていたかな、これは作者の演出かも知れない。
桶屋が儲かる ラーメンズのようだ!
刀鍛冶
日本刀は切れ味が良く、折れないことが信条、また中国の刀の様に撓りません。
漫画の中では「試し斬り」という罪人の死体を重ねて、何人斬れたかで刀の良し悪しを決めるエピソードが載っています。山田浅右衛門は「胴田貫」という剛刀で「四つ胴」を能くしました。小池一夫・小島剛夕の漫画を読んだだけですけどね。あれ、もしかして「拝一刀」だったかな。
さて落語では刀といえば「首提灯」が有名です。先程の「たがや」は威張り散らしたお侍でしたが、こちらの話は、東北の在所からきた謹厳実直なお侍が、酔っ払った江戸っ子にさんざっぱら絡まれます。それでも我慢をしていますが、主君より拝領した羽織に痰を掛けられ、主君の恥と腰を捻って居合腰、抜くても見せず首を斬り、すたすたと上屋敷に戻って行きます。斬られた件の町人は「ひっこしのねえ!」と啖呵を切り、意気揚々と家路につきますが、達人に斬られたので首を切られたことが判らない。歩いていくと首がだんだんとずれてきて、歩き難いことおびただしい。火事騒ぎで人混みが多くなると首を押さえるのが面倒になって、自分で首を前に掲げて「はい、ごめん、はいごめん」と駆け出しました。
紺屋
紺屋の女職人が、藍染に似合う柄を考案する話です。紺屋はこんなに多くの甕を必要するのは初めて知りました。4、5個の甕が店先に置いてあり商いをしているのかと思っていました。紺屋は指先がいつも藍色に染っているのですぐに職業が分かったそうです。
落語で有名なのは、紺屋(こおや)高尾です。うさおは六代目三遊亭圓生か三代目古今亭志ん朝の語る話が好きです。圓生は義太夫唄いから落語家になった異例のひとで、話の中で新内、小唄を歌わせると、大向うから「よお、よお!」と掛け声があがったそうです。
紺屋の職人久蔵は、浮世絵を見て吉原の松の位の太夫高尾に一目惚れ。熱に浮かれたような仕事っぷりに親方が訝しがり訳を問いただします。それならばと親方は纏まった額になるまで年期奉公し、それに俺が金を足すから、それで花魁に会いに行けと諭します。念願かなって郭に揚がりますが、慣れない座敷にぎぐしゃくとして花魁に気づかれてしまいます。手を見せて紺屋の職人だと明かし、どうしても会いたっかったと白状します。
「入り山形にふたつ星 源平藤橘、四姓に枕を交わす卑しき身のあちきでありんすのに、よう惚れてくんなました もうすぐ年季も明けるので主さんの所に行くざます」と金も取らずに帰し、翌年の春には本当に紺屋の久蔵の女房になりました。
藍染の甕 藍は澁澤栄一も若い時に商っていた
考案した藍染の柄 緻密だなあ
畳刺し
廓の畳を替えに親方が職人たちを連れてやってきます。若い職人が働く様を女衆が好奇な目で見ながらちょっかいを出します。職人は少しどぎまぎしながら仕事に精出します。
多分、前の話の紺屋高尾を踏まえて廓の畳替えを描いたのでしょう。
家の近くに畳屋さんがあります。今時珍しい手作業の畳屋さんです。今じゃあ殆ど工場に持ち込んで畳表を替えるのが主流ですからね。絵のような木製の台ではなく、アルミ・ダイキャストの作業台です。子供の時から畳職人さんが働いているのが面白くて、しゃがみ込んで見ていました。
刃が丸い包丁なような刃物で、畳の脇を切っていくと面白いようにサクサク切れていきます。飛びクナイのような畳表の仮止め用のマチ針も興味がありました。輪の部分が真鍮製で高価なものに見えましたね。良い所のお家は高麗縁を用いていましたが、私の家の縁は黒っぽかったな。
目黒に五百羅漢寺があり、江戸時代には本当に羅漢さんが500体以上あったと聞きます。羅漢さんの中に自分の知った顔が1体はあるそうです。
さて、火事場で迷子の娘を拾ってきた八百屋の八五郎さん。親が見つかるまで世話をすることに。娘は行儀が悪く、薬缶から口呑みします。女将さんから五百羅漢寺に連れていき、羅漢さんを見せたら親に似た顔があるかも知れない、それを手掛かりに親を探そうと提案します。お寺に行くとご住職から、畳替えの職人が火事騒ぎで娘がいなくなったと嘆いていると知らされます。行ってみると職人は今まさに畳に、薬缶から口呑みして霧を吹いています。親子の対面が叶って大団円になるのですが、畳表をしなやかにするための霧吹きは、今では口で吹くのではなく霧吹き器で吹きます。だから、この話はもう成立しない話なのかも知れません。落語「五百羅漢」の一節でした。
畳刺し
左官
江戸っ子は左官を「しゃかん」って呼びましたね。壁の荒木田土や漆喰を綺麗に塗るには、土の配分、素材の滑らかさ、水加減、粘度が肝心で、いい左官屋になるには捏ねるところから始まるんだそうで。左官の長七という女職人は、「お七」と言います。長八なら「伊豆の長八」が有名ですね。本名は入江長八と言い。文化12年(1815年)の生まれです。
伊豆の松崎の貧農の倅で、左官職人として暮らしていましたが、江戸へ出て川越の絵師、喜多武清の弟子となり修行の後、漆喰に漆を混ぜる鏝絵の技法を編み出します。まあ、これも「つげ義春」の漫画から得た情報ですけどね。今でも松崎に長八美術館や旅館山光荘がありますよ。この漫画でも左官職人は名人にあやかって、長七と呼ばれています。
文七元結という落語に左官屋の長兵衛さんが出てきます。文七元結(もっとい)って読みますよ。そう言えば昔、同じ会社に元結正二郎さんって方がいましたね。
この長兵衛さんは仕事の腕は立つのだが、博打が大好きでいつも借金まみれ。見かねた娘のお久が吉原に身を沈めて50両の金を用立てます。その金を懐にしての道すがら、吾妻橋から身投げをする近江屋の奉公人文七に出会います。水戸様の売掛金を受け取ったが、その50両を紛失してしまいました。長兵衛は50両の金を文七に渡し死んではだめだと諭します。後に別の客先に50両を置き忘れたことがわかり、文七は金を返しお久と夫婦になります。近江屋の暖簾分けした小間物屋を開き、文七が考案した元結で店は評判になり大繁盛します。
漫画の物語は上方から来た甚三郎という左官職が、左官屋の長兵衛のところにゲソを預けるところから話は始まります。カシラの女職人長七はこの甚三郎から、左官の精神を教えられます。甚三郎は棟梁と茶室の左官を仕上げ、その技に感服する長七。渡り職人の甚三郎は惜しまれながら又、旅に出ます。
百年経ったら塗り込めた鐵澁で侘が出る
長七の任された土蔵
良く似た意匠の新子安の蔵 2001年9月22日
蔵の屋根は熱気が籠もらないように少し空間を空ける
似た意匠の横濱・鴨居近辺の蔵 2015年2月2日
この後にも職人話しは続きそうです。期待して2巻目を待て!
本の表紙 紺屋職人と左官職人の話が主のようです