オーディオへの道「熱中編」後半

                  タツノオトシゴ





 オーディオマニアの第一条件は、こだわりが強くて耳が良い事です。
 それと潤沢な資金があれば鬼に金棒です。
 多くのマニアは音の出口(アウトプット)にお金をかけますが、中には家ごと改修して、大きなホーン型スピーカーを造りつけにした人もいます。お医者さんや学校の先生、上記の条件に当てはまる人が多いようです。(笑)
 音が良くなれば、今まで気にならなかった音源の良し悪しや雑音(ノイズ)が気になりだします。S/N比という言葉を聞いたことがあると思います。
 此処からはマニアックすぎるので、面倒な人は適当に読み飛ばしてくださいね。(^^;

 余分な音が聞こえると気になります。初歩的な雑音・・・例えばレコードの場合、スクラッチ音やトレース音があります。表面に付いたゴミや傷はすぐに分かります。テープ音源では、テープヒスがありますが、レコードでもその音が残っています。ターンテーブルの回転が原因で起こる、ワウフラッターや軸受けの振動から受ける音、モーターの回転音から拾う雑音などです。(走行中に静かな車と、そうでない車の違いを思い浮かべると分かりやすいです)その他、アームの共振で起きる低周波音などもあります。
 ある程度のお金を掛けると、それらの問題の大半は解消しますが、どの程度で妥協するかが問題ですね。性能が良くなればなるほど、録音時のノイズも聞こえてきます。ライブのレコーディングでは、人の声や咳払い、中には上空を飛ぶ飛行機の音なども聞こえ、オーディオ装置のチェック時にも用いられています。



 当時の私は、東京サウンドのST-14のアームと、グレースのF-8L(楕円針)カートリッジやデッカのカートリッジ、パイオニアのMU-8というターンテーブルの組合せで、軸受けに細工をして雑音を減らしていました。さらにインシュレーターを下に敷くことも効果がありました。この組み合わせは、まだ現役で動いています。

 その後は、糸ドライブや磁力を用いたダイレクトドライブや、ターンテーブルを磁力の反発で浮かせる方式も出てきましたが、値段が高くて手が出ません。(^^;
 さらに厄介なのが、ケーブルの電気誘導や、絶縁の悪さや接続不良から生じる雑音です。
 慣れてくると、雑音を聞いただけで不具合の場所が特定できるようになります。交流電源からの「ブーン」という低周波、弱電部のシールドをすることで軽減されます。電圧増幅/電力増幅部が原因で、ハウリングなどもこの種の雑音に似ていますが、根本原因が大分違います。
 電気的な雑音を軽減する、良いシールド効果のあるコード類、メーターあたり数万円のものもあります。コネクターになるとそれ以上のものもあります。放送局などで用いているのはそれと同じかそれ以上の性能です。
 カタカナばかりの世界、分かり難くてスミマセン。

 アンプ類も自作から始め、途中から手の届く市販品に切り替えています。
 高級な市販品(完成品)やキット類もありましたが、そこで諦めないのがマニアの世界です。金額の割には性能の差が少ないと言われていたアンプ、自作すれば相当コストダウン出来ます。当時は真空管が主流の時代、3極管や5極管、複合管を使ったアンプを幾つか自作しています。コンデンサーや抵抗類は通信用のばらつきが少ない製品を使用しています。コンパクトで性能が良ければ、複合管も試してみました。OTL方式のアンプが流行ったのもこの頃です。
 この頃の真空管でのアンプ、チョッとだけ触れておきます。
 真空管、古い方からナス管/ST管/GT管/MT管などの種類あります。
 これらの名前は、形から分類したもので、音の善し悪しとは関係がありません。
 真空管アンプには色々な方式があり、中でも三極管は歴史が古く、構造が単純で音色が素直ですがパワーが出ません。シングルだと3~4Wから8Wぐらいです。 PP(プッシュプル) だと10~20Wぐらいが一般的で、代表的なものには 300B、2A3 などがあります。
 細かな説明は省きますが、真空管の点灯した温かみのある色合いが好きで、いまだに愛用者が多いのには、古き良き時代へのノスタルジアがありそうです。薄暗い部屋で電源を入れてから30分位待ち、真空管が温まって安定してからレコード針を下す・・・
 そんなイメージですかね。待ち時間の間にコーヒー豆を挽いて、美味しいコーヒーを飲みながら好きな音楽に浸る、時間がゆるやかに流れていきます。
 真空管の時代は、手作りも良かったのですが、ダイオードや集積回路が出回りだしてからは、アナログ人間には理解の及ばぬ世界になってしまいました。

 私の真空管時代は手作り、その後真空管キットが売れ出し、既製品の方が大量生産の結果、割安に感じるようになりました。ラックスのプリメインアンプ(真空管)の傑作、SQ38Fが出回ったのもその頃で、集積回路の時代はあまり長くは無かったようです。

 衝撃だったのはラックス(現在のLUXMAN)が手掛けた総合アンプ SQ-77T 、ラックス初期のTRプリ・メインアンプを聞いたとき、手作りのアンプ作りを止めてすぐに購入してしまいました。洗練された飽きの来ないデザインで、その後、比較の製品としてパイオニアやヤマハの製品も購入していますが、最後に落ち着いたところはマランツの製品でした。ヤマハの製品(総合アンプ)は英国のブラウン社のスピーカー(HL-5)との組み合わせでクリアーな良い音がしていましたが、阪神淡路の大震災時に壊れてしまい、修理見積に出したけれど高すぎて諦め、ヤマハの工場に引き取ってもらいました。買ってからそんなに年数も経っておらず、残念なことをしました。スピーカーは山水の製品と、ブラウン社(HL-5)が現役で残っています。置き場所の問題が無ければ、タンノイのGRFは憧れのまま、次の候補として残しています。(笑)
 良い音に巡り合う・・・お金もかかるし、中々大変な努力が求められます。

 好きなレコードを入手し、何度か聞いているうちに、「他の場所で聞いたらどんな音がするのかしら?」という、ごく当たり前の疑問が出てきます。「よその場所で聞いた音と、自分の部屋で聞いた音が違う!」これは、病気になる前に現れる症状の一つで、自分の方が優位に立たないと安心できない・・・マニアの世界では良くあることですね。
 同じスピーカーで、同じようなオーディオ製品を使っているのに、聞こえてくる音に差が生じてきます。細かな事より、臨場感が違って聞こえます。原因はいくつかありますが、アンプ以降が同じシステムなら、やはりカートリッジの差だと思うのが普通です。
 値段の割には、違いの分かりやすいのがインプット側のカートリッジです。一人で2~3個の製品を変えて楽しんでいる人もいます。余裕のある人は、アームを複数持っていて、シェル(ヘッド)ごと取り換えています。
 手先の器用なタツノオトシゴは、カートリッジの針先部分のダンパーを交換したり、左右の位相を逆にしたり、異なるメーカーの針を流用したりして楽しんでいました。
 当時は、自分でパーツをセレクトし、レコードプレイヤーをカスタマイズすることが、ステイタスでした。音楽の種類によって、カートリッジのメーカーを変えるのも流行っていましたね。クラシックではオルトフォンとSMEのアームの組合せが流行り、ターンテーブルはガラード・・・そしてスピーカーはタンノイのオートグラフ、憧れの的でした。ジャズ系ではデッカのカートリッジにジムランやアルテックのスピーカー、しかし残念ながら一般のサラリーマンでは手も足も出ない世界です。安くても努力を惜しまないのがマニア、良くなったスピーカーに合わせて努力を惜しみません。(悪あがきと自己満足の世界です)

 今まで気にならなかった音源の良し悪しや雑音(ノイズ)が気になりだします。一般に使われる「原音」とは何でしょうか?人間の耳の方が測定機より優れていると信じているマニアも多く、「俺がルールブックだ!」と同じ世界になりそうです。聞く場所や、個人の差によって違うもののようですが、最終的には個人の『脳』が勝手に判断した結果ではないのでしょうか?測定機を用いて分析しても、脳内フェロモンの働きまでは分からない・・・
 そこで、音源≠原音(生音)という対比概念(設定)が出てくるのです。
 同じ装置でも、聞く部屋が違えば音も違います。(当然、部屋の反響が違うから)
 同じ演奏家でも、場所が違えば違う演奏になります。(ホールによって変わります)
 比較できる環境条件が整い、当たり前のことが再度論議の対象になってきました。
 自分で生演奏を聴いた曲が、レコード(又はテープ)になって販売されると、それを購入し、記憶と聞き比べをするという新たなオーディオの世界が出てきます。
 同じ日付の演奏会でも、発売されるレコードレーベルによって音も違ってきます。
 技術の進歩が、ダイレクトカッティングによるレコード盤を生み出しています。
 版画やリトグラフの世界でいえば、初版とその後の版との違いみたいな・・・
 曲の理解(解釈)とは別の、マニアックな「音の世界」です。
 ストイックな世界、探求心を満足させるには相当なハード面の充実が不可欠です。
 「仮説」を立て、それを立証するためにテスト(実験)を繰り返す、試行錯誤の世界で、 音楽評論家とは別に、オーディオ評論家が登場します。
 雑誌でいえば、「レコード芸術」と「ステレオ技術」の違い?
 丁度その頃、会社への就職が決まり設計部門への配属になりました。
 将来の進路を、法律か、考古学か、電子工学か?で悩んでいた結果、大学で建築学の道に進み、卒業後に無事?就職・・・それがうさおさんとの出会いに繋がります。
 志望動機を聞かれて、試験日が一番近かったから・・・なんて、酷い答えをしました。

 同じビルの上下階、設計部の上の階に技術開発室がありました。

 会社組織が大きくなり、組織も技術研究部所となり、小田急線沿線の柿生に引っ越ししています。いつの間にか辞令交付もなく付いて行ってしまいました。(今から考えると、あり得ない事でした)


技術研究所は柿生から橋本に最終移転 こんな計測室でした

 給料は多分設計部から出ていたように思います。(記憶違いかもしれません)
 設計部の模型製作の専任から解放され、音響機器に関われることが楽しみでした。
新たな勤務先、さすが研究所の設備機器は高性能(憧れ)の品ばかり・・・
 ナグラのテープデッキやB&Kのマイクロフォン、高級車が数台買えます。(^^;
一級建築士の資格よりも早く、公害防止(騒音)の資格を取ることも出来ました。
 技術研究所の音響班という部署に所属、昼間は外で高速道路の騒音測定、夜は残業してコンピュータのお守り(解析)、振替の休みも取らず、全て残業代で貰いました。
 それが最初の海外旅行(フランス~スイス~イタリア)への軍資金になっています。
 各地で購入してきたお土産のレコード(40枚ぐらい)、今も大事に残しています。
 会社組織の中で、アウトロー的な新人社員、上司に理解が無ければ馘でしたね。(^^;

※注釈
<シングル/プッシュプル(PP)>
 まず大きく分けてシングルとプッシュプルがあります。シングルはチャンネルあたり一つの真空管で増幅するタイプで、シンプルで澄んだ音になりやすい反面、パワーは出ません。基本は A級動作です。プッシュプルは二つの真空管を用い、音の波のプラスとマイナスの山の方向でそれぞれ逆向きに押したり引いたりするようにして、別々の二つが 交互に分担して受け持ちます。正の山はぼく、負の山は君の担当ね、という具合です。エンジンで言えば単気筒に対する水平対向二気筒のような違いがあります。二つがバトンタッチする切り替わりの場面で上手くやらないとバトンを落とすようなことになり、不整合なつながりになって音質に影響が出る(クロスオーバー歪が出る)こともあり得ますが、上手に設計すればシングルに負けない繊細で素直な音にもできます。A級動作と AB級動作があります。

<ナス管/ST管/GT管/MT管>
 ナス管は白熱電球の形の大変古いもので希少であり、実用というよりも好きな人だけが宝物を出してきたようにして使うものです。トリウムタングステン・フィラメント(thoriated tungsten filament)というものを使った、本当に電球のように明るく輝くタイプもあります。トリタンがいいと、この視覚的効果を熱愛する人もいます。
 ST管は 300B、2A3 などの三極管で、独特のマトリョーシカ(人形)型です。

<電圧増幅/電力増幅>
 電圧を増幅するか電力を増幅するかという意味ながら、回路での具体的な説明は省きます。単純に分ければ電圧増幅と言う場合はプリアンプ、もしくはパワーアンプの前段(整流回路など)に使われている回路、電力増幅と言うとパワーアンプの出力段(最も大きな音にする最後の部分)で使われる増幅回路です。アンプを選ぶ際にはこの区分は関係ないですが、よく「電圧増幅部の」などという言い方で解説に出てきます。

<OTLアンプ>
 OTL はアウトプット・トランスフォーマーレスの略で、文字通り出力トランスのないタイプのアンプです。真空管アンプでは通常出力トランスというものが必要になってきます。トランス類は音色を変えてしまう要素なので、可能ならばない方が良いわけですが、OTL アンプはそれを無くすために色々難しい細工をして実現したものです。真空管全盛期には多く試みられました。しかし真空管アンプにまた新たな役割(温かい音など)が求められている現在ではむしろ製品数は減っていると思います。

<B&K> うさお注
 B&K社はデンマークの会社で、設立した2名の音響技術者、Brüelさんと Kjærさんの名前を合わせた社名になっています。音響・振動の計測機器の世界標準的なもので、大学、企業の研究室の必須の計測器と言えます。周波数分析機は真空管式で電源を切っても、大容量のコンデンサーが働いており、何度かケーブルを抜くときに感電をしました。当時の精密騒音計の値段は、初代の日産スカイラインGTRと同額で、大衆車が3台は買えました。音楽愛好家にはマイクロフォンが有名で、コンサートをマイク1本で集録するのに最適と言われていました。うさおはこのコンデンサーマイクロフォンをうっかり倒してしまい、張られた薄膜を破いてしまいました。糊でそーっと、くっ付けておいたのですが、上司の知るところとなり、こっぴどく怒られたことは言うまでもありません。(薄膜の振動で静電容量が変化し音を記録できます。値段は初任給の3.5倍ほどでした。)


 専門的な説明を大分省略していますので、参考資料もつけておきました。
 大阪に転勤してから「苦悩の日々」が始まります。
 オーディオとの関り・・・どう展開していくのでしょう。