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                  Tomy jr.

 ジョブズは何の天才だったのか?


 米国の大学の卒業式では有名人がスピーチをするのが定番(スタンダード)ですね。そして今や世界経済を動かすGAFA*の一角を担うアップルの創業者、故スティーブ・ジョブズ(1955~2011)2005年に米・スタンフォード大学で行った “Stay Hungry. Stay Foolish.”というスピーチは有名です。特に若い頃の彼を知っている人なら漏れなく苦笑したことでしょう。何故なら、彼ほど破天荒で本当にFoolishな男はなかなか居なかったでしょうから。

         
           【Steve Jobs museum公式Webより】

 ジョブズは大学を中退して1976年にアップルを創業し、1977年にAppleⅡでPC(パーソナルコンピューター)市場を開拓し、1984年発売のMacintoshの大ヒットでデザイン業界や音楽業界のデジタル化(コンピュータ側から言えばマルチメディア化)を確立。その後もiPod、iPhone、iPad等の開発でデジタル社会を創造した革命児、天才経営者という印象があるでしょうが、彼の生き様はFoolishどころか、それこそ真にCrazyなものでした。

 ジョブズは天才プログラマーではない、というかそもそも技術者ですらありません。アップル社を創業したものの技術面はもう1人のスティーブ(ウォズニアック)が担い、商品化担当として厳しい(というか無茶な)注文をつけては技術陣を困らせていました。AppleⅡに続く革新的な製品Lisaの開発ではその弊害が極まって社長からプロジェクトリーダーを外されると、今度は完成間近のMacintoshプロジェクトを乗っ取って社内を混乱に陥れました

 結果的にジョブズが完成させたMacintoshは大成功を収めるのですが、その成功の裏には2人の天才の力がありました。1人目はアラン・ケイ(1940~)です。彼はコンピュータ科学者かつプロのジャズ・ギタリストでもあり、世界初のパーソナル・コンピュータを開発し、人が直観的に操作できるインタフェース**を組み込んでいました。ジョブズはゼロックス社の研究所を見学してこれをLisaに組み込もうとしてプロジェクトから外されたのです。

 そしてもう1人は故ジェフ・ラスキン(1943~2005)です。彼は航空工学での特許も持ちつつ視覚芸術の教授も務め、創作した美術作品がMOMAに展示されたり、複数の楽器を演奏し交響楽団を指揮したりと超多彩!Macintoshプロジェクトを立上げたものの、後からジョブズが組み込もうとしたグラフィカルなユーザインタフェースが大嫌いで「鼠は嫌い」「キーボードこそ知性の象徴」と主張してジョブズと対立し1982年にアップルを去ります。

       
      【左からAppleⅡ、Lisa、Macintosh (Wikipediaより)】

 天才アラン・ケイが発想したグラフィカルなユーザインタフェースは、天才ジェフ・ラスキンが工学的にしっかり積み上げたコンピュータ・テクノロジーの上で、ちゃっかりパクって乗っ取ったジョブズによって商品化されて世の中を変えたのです。結局、ゼロックスは巨額投資をした研究所からStar等の商品化も試みますが何一つ成功せず、一方のラスキンは死ぬまでグラフィカルなユーザインタフェースを認めなかったのですから皮肉なものです。

 またジョブズは名経営者でもありません。その点は本人も自覚しており、優秀な経営者が必要だと考えた彼は1980年代初頭に、コカコーラを抜いて絶頂期にあったペプシの事業担当社長ジョン・スカリーを「貴方は私と一緒に世界を変えるか、それとも一生涯砂糖水を売り続ける気か?」という強烈な口説き文句でスカウト。しかし2年後には市場予測を誤って大赤字を出し、スカリーと対立し1985年にアップルを去ります(後にCEOとして復帰)。

 ではいったいジョブズとは何者だったのでしょう。技術者でも経営者でもない彼のいったい何が凄かったのでしょうか?結論から言えば、“ジョブズは人たらしの天才デザイナー”だったのでしょう。彼を知る優秀な技術者達の与太話は「俺は奴の逆鱗に触れて何度もクビになったよ」「俺もだ、ホントにあいつは酷ぇ奴だ」で始まるのですが、何故か最後には必ず皆が皆「あぁ、また奴と一緒に仕事がしたいなあ・・・」で終わるというのです。

 ジョブズが無茶な注文を付けたのはユーザとのインタフェース部分のソフトやiPod背面の鏡面仕上げのようなハードのみならず基盤の回路設計にまで及んだそうです。「ここ何かゴチャゴチャして美しくないから設計し直して」「え?だって基板なんか誰にも見えないでしょ」「でも僕は嫌なんだ」「・・・」技術者は憤慨し呆れながらも配線基板の実装設計をやり直したそうです。ところが何と結果として処理速度や発熱効率等のハード性能が向上してしまったとのこと。

 アラン・ケイはこう言っています。「コンピュータが本当の成功を収めるのは誰もコンピュータのことを意識しなくなった時さ、モーターのようにね」確かに我々の身辺には無数のモーターが存在していますが意識していません。私はITという言葉もインターネットもPCも無く大型電子計算機があるだけの1970年代から40年以上もIT業界に身を置いてきましたが、今気付くとスマホの事を誰も「コンピュータ」とは呼びませんよね? (2023.8.19)

*:Google、Apple、Facebook、Amazonの4社の頭文字から。2021年にFacebookがMetaに社名変更したためGAMAと称されることもある。
**:キーボードを使わずに(今では当たり前だが)サムネイル大の絵や記号(アイコン)をマウス等でクリックしてコンピュータを操作する手法。GUI (Graphical User Interface)とも呼ばれた。