読書評 鯖猫 日出彦





 


 前回(西條奈加の)「猫の傀儡」の話を紹介した。「吾猫」形式の猫が主人公の一人称小説だった。
 今回も猫の傀儡に関わる物語を紹介する。前回と趣向が違うのは、人間側から書かれている点。
 狂言回しは猫絵師の青井亭拾楽で、住んでいる長屋で起きるトラブルを飼い猫とともに解決する(?)、傀儡らしき男である。部屋に堂々と居座る猫<サバ>が本書の主人公であり、拾楽は鳴き声や仕草から忖度したサバの気持ちを読者に伝えるinterpreterの役割を務める。同じ長屋の住人は、サバがふしぎな能力を持っていると信じて、大事にしている。(サバは一匹狼の風体で、子分や仲間の猫は一切出てこない。サバがいるため、この長屋にはほかの猫が入ってこないのだ。でも、人間側から書かれているので、人には猫の裏の行動が分からないのだろう。)
 前回との共通点は長屋物というところ。江戸の時代小説では長屋が付きもので、平次、佐七、伝七などの捕物帳では定番であるし、山本周五郎や山手樹一郎などの市井もの、人情ものでも主な舞台となっている。本書は拾楽を狂言回しにして、鯖猫長屋の関係者が次々に主人公になるオムニバス形式の短編集であるが、全体にわたる大きな謎があり、最終話で伏線が回収される。(途中でほとんどバレバレであるが…)この趣向は前回と同様である。

 前書きが長くなったが、今回紹介するのは田牧大和の『鯖猫長屋ふしぎ草紙』である。
 表題になっている主人公の猫は、白、茶、鯖縞柄の縞三毛と呼ばれる雄猫で、「大人の猫にしてはほんの少し小柄だが、すらりとした身体(からだ)にしゅっと凛々(りり)しい顔立ち、毛並みもつややかで、青み掛かった鯖縞模様(もよう)は飛び切り(あざ)やか、殿様姫様の飼い猫もかくやというほどの美猫(いろおとこ)」と描写されている。

 住んでいるのは根津門前町の往来と堀を挟んだ南東隣り、宮永町(切絵図によると根津権現と不忍池の間にある武家屋敷に囲まれた横町
http://codh.rois.ac.jp/edo-maps/owariya/20/1853/20-306.html.ja )
にある九尺二間の割長屋である。差配の名前を取って「磯兵衛長屋」と呼ばれていたが、この猫が来てから「鯖猫長屋」と呼ばれるようになっている。
 この長屋で一番偉いのはサバということになっている。
 それは、前年の文化4年8月19日(1807年9月20日)の永代橋の崩落を事前に察知したためである。川向こうの深川富岡八幡宮の祭りに出かけようとした長屋の住人、大工の与六・おてる夫婦をサバが邪魔をして行かせなかったため、永代橋の惨事に合わずに済み、二人は命拾いをした。(したがって、この本の現在は文化5年ということになる。)
 おてるはこの長屋のボス的存在で、拾楽の情報源でもある。拾楽の隣部屋で、壁に耳を当てていつも聞き耳を立てている。鯖猫長屋は2棟10軒で、このことから、拾楽の住むのは表店との境の木戸近くの角部屋のようである。右側か左側かは分からない。其の六で差配の磯兵衛が体調を崩し、拾楽が差配の代理を務めることになることからも裏付けられる。
 其の一で冒頭からばらされているが、拾楽は<黒ひょっとこ>と呼ばれた一人働きの盗人だった。10年前に足を洗って深川の無住の庵で俄か仕立ての絵師に化けた。ところが6年前に弟分の以吉の死に出会い、その死の真相を突き止めるために、磯兵衛長屋の以吉の住んでいた部屋に移った。以吉から死に際に飼猫の世話を頼まれたこともある。部屋には雌の縞三毛<高麗>が残っていたが、3年前の冬に病死した。その年の大晦日の夜に入れ替わりのように子猫の<サバ>が拾楽の部屋に迷い込んだのだ。
 ネットの読者評では各話の冒頭にある(問わず語り)が不評のようだ。情報を小出しにしているので、最初は前後関係が分からず(?)というところだと思うが、自分はそれが大きな謎の伏線になって、最終話での謎回収の効果に寄与していると思う。
 実は自分の趣味で、鯖猫長屋の住人がこの長屋のどの部屋に住んでいるのか突き止めようとしたのだが、この本では詳しい記述がなく、前述の拾楽とおてるの家の関係しか推理できなかった。ネットで調べてみると、鯖猫長屋シリーズは文庫化され10巻まであることが分かった。気長に読み進めて長屋地図を完成させてみようと思う。

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目次: 其の一 猫描拾楽(ねこかきしゅうらく)   (問わず語り)義賊 黒ひょっとこ
    其の二 開運うちわ   (問わず語り)お智
    其の三 いたずら幽霊  (問わず語り)以吉
    其の四 猫を欲しがる客 (問わず語り)黒幕
    其の五 アジの人探し  (問わず語り)成田屋
    其の六 
(にわ)か差配    (問わず語り)拾楽
    其の七 その男の正体  (問わず語り)おはま


 (其の五が短編として秀逸。<アジ>はなんと大きな白犬(胡麻塩柄)だが、サバの子分になる。主人の仇を探している。また、<成田屋>は役者に似た町回り同心掛井十四郎で、拾楽が<黒ひょっとこ>であると確信して、ぼろを出さないか探っている!)




田牧大和プロフィール

 田牧 大和(たまき やまと、1966年7月2日[1] - )は、日本の小説家(女性)。東京都生まれ。明星大学人文学部英語英文学科卒業。市場調査会社に勤務しながら、ウェブ上で時代小説を発表していた。2007(平成19)年「色には出でじ 風に牽牛」(『花合せ』)で小説現代長編新人賞を受賞。著作に『花合せ』から始まる「濱次お役者双六」シリーズの他、『酔ひもせず』から始まる「其角と一蝶」、『甘いもんでもおひとつ』から始まる「藍千堂菓子噺」、『鯖猫長屋ふしぎ草紙』から始まる「鯖猫長屋」、『錠前破り、銀太』から始まる「銀太」の各シリーズ、『とうざい』『盗人』『八万遠』『恋糸ほぐし』などがある。