スタンダードな日常から②

                  Tomy jr.

 生まれ出づる悩みとは?


 文学に明るい人なら「ああ、あの有島武郎の小説のタイトルね」と思うかも知れません。
 この作品は文庫本にもなっているので、ある意味で日本文学のスタンダードと言えるかも知れませんが、でも私はタイトルを聞いたことがある位で、実は読んだことがありません。

             
             【集英社のWebより】

 私の様に小説を読んでいない人にはYouTube「こんざぶろうチャンネル」がお薦めです。名前からすると「どんな爺ぃが出て来るのか?」と思えばなんと麗しき美少女が出てきて朗読&解説で作品を15分足らずで紹介してくれます。私はこの動画と、同小説をベースに彼女がオリジナル脚本を作ったオーディオドラマ「地球の胸で眠るキミへ」を聴きました。

 この小説では、生活のために漁業に従事せざるを得ない状況にありながらも絵を描きたいと渇望する青年が同郷(北海道)の作家に自分の絵を見せます。この小説は実話に基づいており、小説に登場する作家は有島武郎で、絵を見せる青年は後に道内画壇を代表する画家となり個人美術館まで建った木田金次郎です。小説の青年は漁夫を経て画家となったのです。

         
            【木田金次郎美術館のWebより】

 絵を見せられた作家は、青年の画家としての豊かな才能を認めながらも、家族共々困窮する生活を無視してまで彼に画家になれとは言えませんでした。そして作者はその青年の様な“生まれながらにして持つ豊かな才能”を生かしてこそ初めて“この世に生まれ出づる”とし、それまで人は“地球の胸で眠っている”と表現しているのです。

 現代の日本においては“生活困窮や家業継承のために職業選択の自由が損なわれる”という状況は稀と思われますが、逆に“自由に職業選択が出来るが故に悩む”というケースが増えているようです。また若者に限らず、退職後のサラリーマンが何をしたら良いか分からず悩む、という話もよく見聞します。これらも現代版“生まれ出づる悩み”でしょう。

 子供に将来の夢を聞いてはいけない?

 イチローや大谷翔平が子供の頃に「世界一のプロ野球選手になる」と夢を書いていたと言われていますが、それは「実際にそうなった人がそう書いていた」だけで「そう書いていれば誰もがそうなる」訳ではないはず。最近では「将来何になりたい?」と聞いてはいけないそうです。何故なら「小学生の65%はその時点で存在しない職業に就くから」との事。

 「本当か?」と思った私自身も実はそうでした。私はSE(システム・エンジニア)として就職したのですが、確かに小学生の頃はそんな職業はまだ世の中に存在していませんでした。しかし、退職して自由の身となった今の私にとっては、43年間務めた会社で経験した「IT サービス」も「広報」も「人事」も「経営企画」も、何故か全く興味が湧かないのですが…。

           
           【日本将棋連盟のWeb、MLBのWebから

 藤井聡太や大谷翔平など突出した才能を有する天才達を、私は「天使」と呼んでいます。 それは「天」から予め特定の分野で活躍する「使」命を授かって生まれた人という意味で、従って彼等はこの世でその才能を生かさなければ幸せにはなれないと思います。その点では「天使」は“職業選択の自由”が無いようなもので、ある意味、気の毒でもあります。

 英語ではこのような人や才能をgiftと呼ぶそうです。私は「自分は大した才能も無く、天使じゃなくて良かった」と思っています。でもその一方で、レベルの差こそあれ誰でも何らかの使命もgiftも持って生まれて来ているような気もするのですが、ただその使命が何だか分からないために悩み、giftも突出していないので気付きにくいのかも知れません。

 会社から与えられた仕事をこなしているサラリーマンは退職した途端に「何をしたら良いのか分からず、何もしなくても幸せではない」ことに気付きます。突出した才能も無く活躍しなくても「これをしていれば幸せ」という平凡(スタンダード)なライフワークを見つけるまでは、死ぬまで“生まれ出づる悩み”を抱え続けるのでしょう。(2023.7.31)