だってくんのぼうけん  夢枕 獏 画 新戸 正明

登場人物
少年(だってくん)
少女
どっちら
はちろう
ゴンゴン
少年の父



 幕があくと舞台はまっ暗。中央に少年がたおれていて、少年には薄くライトがあたっている。少年はゆっくりおきあがる。右手をにぎっている。
少年 おやあ、どうしたんだろ。夜になっちゃったのかな。早くおじさんちへ帰らなくっちや。(歩こうとして頭をおさえる) 頭だって痛いや・・・こんなにまっ暗じゃ、どう行ったらいいのかわかりやしない。星だって出ていない。真夜中の海の底とおんなじだ。ああ、深海魚だってちょうちんぐらい持ってるってのに、ぼくときたらなんにも・・・・。

 にぎった手を見ようとすると、突然怪獣の声。にぎった手には気づかない。

少年 なんだろ、今の。怪獣かなー なら安心さ、テレビじゃ子供がやられたの見たことないし。

また怪獣の声。さっきより近い。

少年 でも、この暗い中で、ぼくが子供だってことわかるかな。だけど、ここはー。そうだ、おじさんちのうら山じゃないか。なんだってこんな所に怪獣なんか。どうもおかしいぞ、どうしてぼくはあんな所にたおれてたのかな。きのう、パパといなかのおじさんちへあそびに来たんだ。そうして、そうして・・・・なんだって思い出せないんだろ。頭をどこかにぶつけたにちがいない。

少女の笑い声、小さく。

少年 おや、誰だい。笑ってるなんて。

笑い声、だんだん大きくなる。

少年 失礼じゃないか。人がなやんでるのに。

 笑い声と共に、舞台がだんだんと明るくなる。場所は山の中。遠くに火山がけむりを出している。地球的でない風景。地球的でない植物。下手の岩の上に、ごく普通の服をきた女の子がすわって、少年を見て笑っている。
その少しうしろはがけ。

少年 君だな。
少女 そう、あたしよ。
少年 なんだって人のこと笑うのさ。
少女 (笑いながら) ほらまた。これで七回目よ。
少年 何が七回目だってのさ。
少女 八回目。
少年 − 。
少女 あなたったら、さっきから、だってだってばっかり。
少年 いいじゃないか。人のくせなんかどうだって。
少女 だってくんね。あたしそう呼ぶことに決めたわ。
少年 よしてくれ、ぼくにだって、ダテジロウって、ちゃんとした名前があるんだ。
少女 やっぱりだってくんだわ。
少年 よせよ。
少女 いやよ。もう決めちゃったんですから。ね、だってくん。
少年 やめろったら。
少女 ごめんなさい。あたし、あなたとけんかするつもりじゃないのよ。けど、ステキな名前よ、だってくんて。
少年 いいさ、そんなこと。ほんとはどうだっていいんだ。それより君、ここがどこだかわかるかい。
少女 知らないわ。あたし、はじめてここへ来たんですもの。
少年 はじめてで
少女 そう、あなたといっしょに。
少年 ぼくといっしょにだって。
少女 あら、ついロから出ちゃったのよ。(考える風) どうしてかしら。でもほんとよ。ええ、ぜったいに。
少年 どうもわけがわからないを。君の顔には見覚えあるみたいなんだけどー。思い出そうとすると頭が痛くなるんだ。
少女 記憶ソウ失っての、聞いたことあるわ。
少年 そうかな。きっとどこかで頭をうったんだ。
少女 あなたさっき、おじさんちのうら山だって言ってたわ。
少年 そうだ、だけど ー
少女 だけど
少年 ここ、おじさんちのうら山じゃない。
少女 どうしてわかるの。
少年 わかるさ、似てるけど。あんな山(火山を指さす)見えるわけないんだ。それに、ここにはえてる木や草だって ー あ。
少女 どうしたの。
少年 おもい出したんだ。
少女 おもい出したの。
少年 円バンだ。ぼく、円バンを見たんだ。
少女 円バン?
少年 そうさ。まっ白に光りながら飛んでくやつ。きのうの夜−たぶんきのうの真夜中だと思うんだけど、ぼく、おじさんちの庭で ー。
少女 庭で、
少年 おしっこしてたんだ。そうしたら、円バンが飛んで来て、うら山の方へおりるのを見たんだ。パパやおじさんに話しても信用してくれないんだ。ぼくが、いつもそんなことばかり言ってるもんだから。
 ほんとだよ。
少女 信じるわ、あたし。
少年 ありがとう。それで、次の日の朝、ひとりでうら山に登ったんだ。それから、
少女 それから
少年 思い出せない。だけど、君とはどこかで会ったみたいだ。
右手で少女を指さそうとする。
少女 あら、あなたって、さっきから右手をにぎったまんまね。
少年 ほんとうだ。
少女 あかないの。

 少年はあけようとこころみるが、あかない。少女は急にうずくまる。

少年 やめとこう。どうもあけない方がいいような気がする。どうしたの、気分でも悪いのかい。
少女 だいじょうぶよ。あなたが右手をあけようとしたら、急に気分が悪くなったの。とても恐かったのよ。なんだかあなたに右手をあけてほしくないような気がするわ。
少年 ぼくだってそうさ。なぜかわからないんだけど、心のどこかで、一生ケン命、あけちゃいけない、あけちゃいけないって、何かが叫んでるみたいなんだ。
 それに、ぼく、なんだか君がとっても好きになりそうだな。
少女 ほんとう
少年 だから、君がいやがることなんかしやしないよ。右手なんか、あかなくったっていいさ。
少女 ありがとう。
少年 でも、ぼくの右手、なんだかとてもつかれてるみたいだ。少し痛いな。
少女 だいじょうぶ?

その時怪獣の声。今までで一番近い。

少年 やっぱり怪獣だ。

怪獣の声は二種類で、けんかをしているような感じ。

ゴンゴンの声 また、どっちらのやつやってるぞ。
はちろうの声 こんどは誰とだ。
ゴンゴンの声 ケムラーとさ。
はちろうの声 前のケガがなかったばかりだってのに。とにかくおもしろいぞ。どっちらのやつ、おこると火をはくからな。
ゴンゴンの声 さあ、早く見に行こう。
少女 怪獣よ。こっちへ来るわ。
少年 早くかくれるんだ。

 岩のうしろにかくれる。ゴンゴンが下手から出て来る。姿は人間型の二足歩行怪獣。(はちろうは、ユーモラスなハ虫類形の怪獣。ロバのような、大きな耳をもっている)

ゴンゴン はちろう、早くこい。
はちろう そんなに急がなくたって、まだ終りやしないって。おいおい、ゴンゴン、まあ急ぐなよ。そこの岩で休んでいこう。

少年たちのかくれた岩の上に座る。

はちろう おやあ、何か匂うぞ。
ゴンゴン おれじゃないぞ。
はちろう ちがう。なんか別の生き物のにおいだ。きっと新入りだな。どうもこの岩の後ろの方から、

見つかったとたん、両方ともびっくりする。

はちろう うわっ、人間だ。
ゴンゴン 人間だって。
はちろう 人間さ。
ゴンゴン ほんとだ。人間だ。
はちろう お、おい、よるな。また殺されるぞ。
ゴンゴン わ、わ、来るを、来るな。あっちへ行け。
少女 どうしたのかしら。あたしたちを恐がってるみたいよ。
少年 ほんとうだ。
ゴンゴンとはちろう うわっ、うわっ、こっちへ来た。
少女 へんねえ。あなたたち何を恐がってるの。だらしない怪獣ね。
少年 この怪獣に聞いたら、ここがどこだかわかるかも知れないな。ねえ、君たち、
ゴンゴン は、はい。

 ゴンゴンははちろうの後ろに回る。はちろうはびっくりしてゴンゴンの後ろに行こうとする。

少年 やだなあ、君たち、ぼくなんにもしてないよ。ほら、このとおりなんにも持ってないし。
はちろう まさか、その右手の中に、変身用のカプセルとか、鏡なんかが入ってるんじゃをいんでしょうね。
ゴンゴン いきなり光線銃でズバっとやるとか、
少年 だいじょうぶさ。
ゴンゴン わかるもんか、いつだって人間は、おれたちを見ると、いきなりレーザーとか、バクダンをくらわすんだ。
はちろう そうさ。地球防衛隊だとか、マットとか、かならずおれたちをやっつけに来るんだ。
少年 あれは君たちが人間を殺したり、家をこわしたりするからじゃないか。
ゴンゴン いいや。それは人間の方が先だ。ブルドーザーで、おれたちの住んでる山をこわしたり、海を汚したり、それで行く所がなくなっちまって、しかたなく人間の町まで行ったりするんだ。
はちろう 人間こそ仲間どうLで殺しあってる。自動車じことか、戦争とか、おれたちのすることにくらべて ー
ゴンゴン みんな生きるのに一生ケン命さ。地球には人間だけが住んでるんじゃないんだぜ。
少女 わかるわ、あたし。
ゴンゴソ そうか、わかるか。
はちろう あんたなら、わかってもらえると思ってたよ。
ゴンゴン わからずやは人間だけだ。
少女 でも、この人、だってくんていって、悪い人じゃないのよ。
少年 ごめんよ。うっかり君たちが悪いんだなんて言っちゃって。ぼく、知らなかったんだ。ほんとはどっちが悪いなんて言えるようなことじゃなかったんだ。
はちろう 以外とすなおな人間もいるんだな。
ゴンゴン なかなかりしようじゃないか、友だちになろう。かれはゴンゴンていうんだ。
はちろう おれははちろう。
少年 ぼく、怪獣の名前はたいてい知ってるんだけど
ゴンゴン おれたち、下っばだからな。それに小いさいし。
はちろう テレビに出れなかったんだ。
少年 はちろうなんて名前、人間みたいでめずらしいな。ぼくが知ってるのはゴジラとかー
はちろう やだな。
ゴンゴン あいつはいつのまにか人間のみかたになっちまった。ガメラもそうだ。みんな昔は気があらくっていいやつばかりだったのに。
はちろう やっぱり生きていけないのさ。おれたちは。人間に気にいられるようにしないとね。
ゴンゴン おれたちなんて、テレビにも出れないうちに殺されちまった。
少年 殺されたって。それじゃ、それじゃ、ここはど こなのさ。ぼくも死んじゃってるのかい。
少女 あたしも死んじやったの?
ゴンゴン わからないな。
はちろう どうでもいいことさ。
少年 ぼく、おじさんちへ帰らなくっちゃいけないんだ。ねえ、ここはどこなのさ。
はちろう いいかい、あんた。あんた生まれた時に、その世界がどんな世界だなんて気にするか。そりゃあ大きくなれば、学校で、そこは地球だって教えてくれるさ。だけど、あんたの世界の名前を知って、住みよくなったかい。メシがうまくなったかい。
ゴンゴン この世界は、この世界だってことさ。たとえここが火星だって、かれには関係ないことさ。明日の天気さえかわりやしない。
少年 むづかしいこと、ぼくにはわかんないよ。けれど、ここが仮に火星だってわかることは、ぼくには大事なことなんだ。だって、それがわかれば、こんどはどうやって地球へ帰ればいいかってこと、考えればいいんだから。問題が少し前進するじゃないか。
ゴンゴン 友だちになったんだし、知ってれば教えてやりたいんだ。残念だけど・・・・
はちろう おれたち、ほんとに知らないのさ。
少女 あなた、さっき殺されたって言ってたわね。そうすると、ここは死後の世界?
少年 そう、ここには他に人間はいないのかい。死後の世界なら、きょ年死んだうちのおじいちゃんだっているはずだ。
はちろう ここで人間を見たのはあんたが最初さ。(少年だけを指す)
ゴンゴン 今まで、ここに来てから一度も見たことなかったな。ここじゃ、人間の方がめずらしい怪獣なんだ。そうだ、どっちらのやつなら知ってるかも知れないな。あいつ、ずい分昔からここにいるんだ。どうしたい?右手がおかしいのかい。

 少年は、しばらく前から右手をかばうようなしぐさをつづけている。

少年 ちょっとしびれてるんだ。さっきから、手がだいぶつかれちゃって。痛いんだ。手の中に何かにぎってるみたいなんだけど、
少女 ごめんなさい。
少年 あやまることないさ。でも、ここに何をにぎってるのかさえわかれば、今、ぼくらがどうなってるのかわかるような気がする。

怪獣(どっちら)の声

ゴンゴン どっちらのやつだ。けんかが終ったらしい。
はちろう まずいな。こっちへ来るぞ。
少年 どうして?そのどっちらが来れば、ここがどこだか聞くととができるだろ。
ゴンゴン あいつ、人間が大きらいなんだ。へタすると殺されちまうぞ。
はちろう おれたちは弱虫だけど、どっちらはちがう。おれたちより、ずっと大きいんだ。

 足音が近づいてくる。舞台中央の奥、がけのふちから、巨大などっちらの頭がせりあがって来る。首までが、完全に台の上にあらわれる。少年と少女は、岩のかげへかくれる。

どっちら 匂うぞ。匂うぞ。こちらへ来てはじめてかぐ、おれの大きらいを人間のにおいだ。そこかあ、それともーそうか、その岩のかげだな。
はちろう な、なんにもいないよ。
ゴンゴン そうさ、人間の子供なんてどこにも、どっちら こらあっ。ゴンゴン、はちろう。おまえらおれにうそをついたなあ。そんなやつはどうなるか、今やっつけてきたケムラーのように、じまんの耳をひきちぎってやろうか。

がけのむこうから、大きな手がのぴてくる。

少年 まってよ(うでをおさえながら)
どっちら いたをあっ
少年 耳をちぎるなんて、そんなことやめて下さい。ぼくたち、友だちなんです。
どっちら 友だちだとお?(ゴンゴンとはちろうをにらむ。)
ゴンゴン は、はい。さっき、
はちろう と、友だちになったんです。
どっちら うおおおおお(大きなほえ声)ゆるさあん。まってろ、すぐ上にのぼっていって、耳をひきちぎってやる。

 どっちらの頭が、上手のがけ下に消えて、足音が近ずいて来る。

ゴンゴン どうしよう、どうしよう。あいつ本気だぞ。
はちろう ご、ごめんよ。さっきは友だちだって言ったけど、おれ、ほんとは人間なんかと、
ゴンゴン 人間なんて、やっぱりきらいなんだ。

 二匹は下手へと消えていく。少年は少女をかばいながらにげようとすると、上手にどっちらの足だけがあらわれる。上までは大きすぎて見えない。足だけが声にあわせてうごくことになる。以下は、少年と少女は、どっちらの顔があるはずの、上方を見ながら話をすることになる。

どっちら まてえ。憎うい、憎うい。おれは人間がにくういっ。おれの住んでいた山をくずし、おれを殺した人間を、おれは殺してやりたい。
少年 ごめんよ。ほんとにすまないと思ってる。
どっちら うそをつけえ
少年 ほんとさ。人間だって一生ケン命生きてる。ただあんまり一生ケン命なんで、他の生き物だって一生ケン命生きてるのを忘れちゃうんだ。
どっちら こぞおおお (小僧)。おまえだって、テレビでおれたちがやられるのを喜んで見てるんだ。おれは、ゴジラやガメラのように、人間にとりいったりしないぞ。かれは怪獣だ。強くて、人間の大きらいな怪獣だ。おまえを殺す。
少女 まって、どっちらさん。あたしたち、子供でなんにもしてないのよ。みんな、おとなたちのやったことなのよ。
どっちら だまれえ。子供だってテレビを見る、コーラのかんをすてる、デパートでかぶと虫を買う、そうしてひょうほんにする。子供が生まれるから人間は家を山の方まで建てにやってくるんだ。
少女 どんな生きものにだって、子供をうんだり、平等にいろんなことしたりする権利がある。
どっちら そのとおり。だからおれは害虫を殺す。人間を殺す。なによりも、おまえもいつかは大人になる。
少年 ぼくを信じて。ぼくたちが大人になったら、決してそんなことは。
どっちら 子供のたわごとを信じられれば、地球はとっくに住みよくなってる。おれは、ぜったいに人間も、子供も信用しない。
少女 おねがい。あたしたち、ここがどこか知りたいだけなの。
どっちら そんなことは知らん。人間にやられて、気がついたらここにいたんだ。大きらいな人間もいないし、好きな時に楽しくケンカができて、すばらしい所さ。おれたちだけの世界だったのに、ここまで人間が来るなんて。それよりも、おまえはなんで人間のみかたをするんだ。
少女 なんでって、あたし、人間だからよ。
どっちら わはははは。おまえが人間だって?

 いつのまにか少年は右手をおさえて苦しそうにあえいでいる。

どっちら おまえが人間であるものか。

あえいでいた少年は、はっとして少女を見る。

少女 あたし、あたし・・・。あたしは人間よ!
どっちら ちがう、おれたちの仲まさ。
少女 そう言えば、はちろうさんたち、あたしになら怪獣の気持がわかるだろうって言ってたわ。わからずやは人間だけだって・・。
どっちら そうさ、うまく化けたな。
少女 ああ、わからないわ、いいえ、空飛ぶ円バン、あなたの右手−そうよ、思い出したわ。何もかも。あたしは・・・
どっちら 大きな笑い声
少年 思い出したって、いったい何を。
少女 あたしは人間じゃないの。
少年 なんだって、
どっちら そらみろ、人間じゃないとわかったとたん、もうこわがってる。人間なんてそんなものさ。
少女 みんな思い出したわ。あなたが右手に何をにぎ ってるかも。あなたが右手をひらけば、たぷんあたしは死ぬわ。ごめんなさい、知っててだまってたわけじゃないの。さっきまでは、自分がほんとに人間だと思っていたの。こわがられてもしかたがないわ。いいのよ、こわかったら右手をひらいても。
どっちら これはおもしろい。こぞう、右手を開いたらおまえをゆるしてやろう。
少年 −ひ、ひらくもんか。君がパケモノだってなんだって、ぼくは君が好きなんだ。
どっちら うそをつけえ。ガキまでがカッコをつけやがる。だからおれは人間が大きらいなんだ。さあ、ひらけ、ひらけばゆるしてやるぞ・・。。
少女 あたし、あなたがたの基準でいくと、とってもみにくいのよ。あたしの星では美人なんだけど。あたしの正体を見たら、あなたはきっと手をはなしてしまうわ。だって、あなたは人間なんですもの。
少年 何を言うんだ。ぼくは、ぜったいにあけるもんか。だけど、手がもうしびれて、ひとりでに、

少女も、もう、うずくまっている。

少女 (あえぎながら)そうだわ、あと少し、あと少しさえまってくれればー。もう帰る時なの、あたしたちの星に。パパがあたしをさがしに来てくれるわ。

いびつな音が、小いさくきこえはじめる。

少女 あたし、あなたの見た円バンで、きのう地球へ来たのよ。旅行の帰りに、円バンがこしょうしたの。それをなおすためにちょっとよっただけなのよ。あたし、あんまりこの星がきれいなので、パパに言って、人間にばけて、ちょっとこの星におりてみたの。
少年 思い出したぞ。そこでぼくと会ったんだ。ぼくはすっかり君を人間だと思って、仲よくなっちやったんだ。そうして、ふたりで歩いていたら、がけのそばで君がころんで、
少女 あなたがあたしを助けてくれたのよ。
少年 ぼくもころんだけれど、君の片手だけはしっかりつかんだ。その時、ぼくは頭をぶつけたんだ。そうか、右手をひらくと、君はがけの下へ落ちてしまうんだ。

 いびつな音、だんだんと大きくなる。どっちらの、「手をはなせえ、手をはなせえ」の声が、さっきから機械的につづいている。少しづつ暗くなる。

少女 もう、手をひらいてもいいの。パパが来たわ。

 はなせえ、の声と、いびつな音、最高ちょう。舞台は急速に暗くなる。やがて、まっくら闇に、少年の右手が、少女の手首をしっかりつかんでいる部分だけが浮かびあがってくる。少女の手は、もう人間の手ではない。いびつな音と、声がやんだとたんに少女と少年の体の両方にスポットがあたり、ふたりが闇の中に浮かびあがる。少女はいつのまにか、みにくい宇宙人にかわっていて、さっきまで人間だった時の服を身にまとっているので、それとわかる。少年はおどろいて手をはなしてしまう。悲鳴を思わせるいびつな音と供に、舞台は再びまっくらになる。いっさいのコウカ音なし。静。
 しばらくの闇。そのうちに遠くから少年の父の声がきこえてくる。

父 じろう、じろう、おーい

 舞台はだんだんとあかるくなり、がけのふちに少年がたおれているのが見えてくる。あたりは先ほどまでの風景と同じだが、山はけむりをはいてないし、植物も地球のもの。夕ぐれを思わせるていどで、明るくなるのはとまる。空には星。山ぎわはむろん赤い。父の声が少しづつ近づいて来る中で、少年はゆっくりおきあがる。そうして、ほうしんしたようにたたずみながら、自分の右手を見つめている。

少年 ぼくは手をはなしてしまった。あの子がはなしていいって言ったからじゃない。思わずびっくりして、あの子の姿があんまり・・・・
少女(声だけ、エコー) あたしの星では美人なんだけど・・・

父の声が近づいて、父、下手から登場。

父 じろう。さがしたぞ。え、どうしたんだ、こんな所で。
少年 ぼく、きぜつしてたんだ。
父 じろう
少年 きぜつしている間に夢を見て・・・・女の子に会ったんだ。
父 じろう、どうしたんだ。

 円バンの飛行音。
 ぷたい下手の空から、円バンが上手の空へゆっくり移動していく。(スポットライトを、ダエンにして)

父 じろう!円パンだ

 ふたりが見守る中で、円バンとその飛行音はだんだんと小いさくなり、遠ざかってゆく。

少年 そう、とってもかわいい女の子だったんだ…。

 円パンがゆっくり消えて、少年は父にしっかりよりそう。しずかにまく ……。

〔完〕


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