自分戦争  龍田 野平


 もし過去が私を笑っていても、それは自分自身のせいではない。昨日の私はその場で終り、今日はまた新しい自分に変わるのだ。昔の自分を思い浮かべ、赤面するような思い出に、思わず悪口を発することがある。その発作的に出た言葉に、周りの人間は私を異常な精神を持った男だと思うに違いない。私はよく、今日は何曜日だ?″と口ずさむことがある。この言葉さえ、計分で言っているとは思えない。と言うのは、私は何か心配ごとやいやな事があると、心はそれに奪われてしまい、何も他には考えることができない。その時、私の口からは私の考えとは別によくそうつぶやくのである。

T
 自分がいやになることがよくある。精神的にも肉体的にも。そんな時、酒を飲む。私が酒を飲み始めると、私の中に住んでいる住人たちがのこのこと私の外へ出てくる。やつらが、酒を嫌うのか、酔っぱらって出てくるのかはわからない。ただわかっていることは、やつらが私の知らない人種であるということである。やつらは私の手を使い、足を使い、口を使う。私はやつらに乗っ取られた飛行機だ。私は扉の中で小さくなっている。やつらのやっていることを時にはとめようともする。でも、そんなことをすると、やつらは私の手とロを使い酒を私にあびせかける。たいがいは、その酒で私は意識を失なってしまう。それからの私には責任はない。やつらの目的は、私を支配することではなく、私を永久に乗っ取ることだ。やつらの作戦は日増しに巧妙になってくる。私は酒を飲むと変身する。

U
 ーあなたの口からさよならは言えないことと思ってたー (あがた森魚 赤色エレジー)
 そんな事ってあるのかって思ったんだ。そして事実だってわかったとき、僕は淋しかったんだ。それ以来、ふさぎこんでいる僕なんだ。いまさら女々しく言ったって、どうしようないことはわかっているんだ。でも、女がさよならって言った時、初めて自分自身を理解したように思ったんだ。去って行く女を追いかけようとした。僕自身、言わなければならないことがあるように思えたから。そのとき、血が全部頭に上ってくるような気がして、ボーッとなった。そして、やつらが登場した。そうなんだ。この時、僕はまた自分を見失なったんだ。やつらは僕の両の足をしっかりと抱え込んだ。やつらは僕を変身させる。それから、弱虫なやつらほ僕を笑う。

V
 太陽を嫌うのはドラキュラだけじゃあないぜ。俺だって大嫌いだ。太陽なんて燃える石炭とかわりはしないネ。暗闇に生きてこそ人生ってもんだ。夜はすばらしいネ。俺は大計画を練っているんだ。太陽の野郎をぶっ殺す大計画をネ。そのために今、世界中の鏡を盗んで歩いてんだ。そうだよ。勘のいいおまえさんなら、すぐわかるだろう。太陽の周りに鏡をめぐらしてしまえばいいってわけさ。ザマーミロってんだ。だから、そのためには何千人の人間を殺ってもかまわないんだ。楽しくなるぜ。あっ、ヤバイ。朝になりやがった。こんなことを考えていて、つい寝そびれた。太陽が昇ってきてしまう。ああ、ついに見てしまいました。カーテンのすき間から日の光が、朝になったのです。まあ、窓でも開けて、すがすがしい空気を部屋の中に入れましょう。やあ、牛乳屋さん、ごくろうさん。私は太陽の光で変身するのです。

W
もしくはエピローグ
もしくはマルチデレクション・オブ・ミー
 今日は何曜日だ″ 今日は何曜日だ〃 さっきから繰り返している。


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