連載対談〔1〕〔空屋の住人より転載〕

栄光のホームズ
司会 岩波 一郎
他  早川 光男
〃  創元 太郎

 岩波  今日は、日本の推理小説におけるシャーロック・ホームズのはたした役わりにつひて、早川さんと創元さんにお話していただきたひと思ひます。司会は一応 私がさせていただくとして、まず早川さんから何か言っていただきたひのですが−。さうですね、たとへばホームズ独特の探偵法といふのがあるわけで、いはゆる本格ものと言はれる現代推理小説の原形はみんなここにあるわけです。つまり、ポーに始まったかういった傾向の小説が、ここからひとつの河となって流れ始めたわけです。そのへんの所から始めてほしひのですが・・・・。
 早川  やあ、岩波君。わしは今まで君を堅い男とばかり思っていたが、なかなかたいしたものじゃないですか。そう言えばあんたんとこでもホームズものをいくつか出しとったですな。
 岩波  うちのやうに格調の高ひものばかりをあつかってゐると、推理小説などを文庫に集録する場合、非常に困るわけです。その点ドイルなら歴史小説家としてもとおってゐますし、まあ無難を所だと思ひます。まあ、一応文庫を完全なものにするための付録みたひなものです。
 早川  すると何かね、うちでは付録ばかりあつかっていると言うのかね。
 岩波  いや、ホームズはりっばなものですよ。特にワトニイといふのが私は好きです。
 早川  何を言うか! それは.パロディのシュロック版ですぞ。現代教養文庫でもお読みになったらいかがです。
 岩波  下らない。うちには岩波新書があります。社会思想社などはもぐりです。誰にでも手がるに読んで知識が身につくといふのがうちのモットーです。
 早川  手がるにと言いますが、三〇円ばかり値が上がりましたね。おたくも苦しいと見える。
 岩波  ・・・・・。
 創元  ま、まあ、それはどうでもいいんじゃあないかしら。お互いうちわの事情はさておくとして。
 早川  岩波君は、我々をコケにしたのですぞ。
 創元  ですけど、岩波さんは資本がちがいますから、あまりさからうのは・・・・。
 早川  うちで企画したSF文庫やNV文庫は、大分人気があるようだし、落ち目の岩波にでかいことは言わせませんぞ。
 岩波  私としたことが、つひつひ本筋をはづれてしまって−。紙面の関係もありますので、そろそろホームズの話に移ってもらひたひのですが。 
 創元  そうですね。あたし共の方では、出版以来地味ですが、順調な売れ行きで、これはやはりホームズの古典的オーソドックスな人気が根強いものと思われます。現代ものにない味があるわけで、たとえばホームズという一九世紀のロンドンの街に住む探偵のイメージがほうふつとして来るんですね。エラリイ・クイーンの「黄金の二〇」でも、大表的な作品として、「赤毛組合」をあげています。うちで出している「世界短編傑作集5」を読んでもらえばわかります。ところで、クイーンの「チャイナ橙の謎」にある逆さ現象などは「六っつのナポレオン胸像」にその原形があります。
 早川  そのとおりだな。うちのハヤカワミステリ368のクリスティ、「ABC殺人事件」もそうだ。木をかくすなら林の中というわけですかな。
 創元  昔から日本でも大分ホームズは読まれていたでしょ。乱歩さんなどもそのおひとりのようで、明智小五郎は、さしずめ日本のホームズでしょう。彼と二十面相との関係は、そのままホームズ、モリアーチィの関係とつながって来るようにも思えるんですが。ほら、よくホームズがベーカー街の浮浪児たちを使う場面があるでしょう。たとえば「四人の署名」とか。そっくりそのまま少年探偵団じゃありません。
 早川  わしはそうは思いません。少年探偵団が出て来るのは子供用の物語に限られるわけで、ホームズの場合とはちがう。モリアーティは人を殺しますが、ホームズは殺さない。この点、子供用と大人用の大きなちがいです。
 創元  それは認めますが、ホームズの影響ということが否定されるわけではないですよ。
 早川  わしは、むしろドイルよりルブランに近いものを感じます。
 岩波  ルバンでせう。知ってます。
 早川  ほほう。おたくも「漫画アクション」お読みとは。
 岩波  い、いや知りませんよ。あんな女の裸が出て来たり、子連れ狼などの出てくるものは。
 創元  大分御存知じゃありませんか。
 岩波  ば、ばかを。私は週間誌は少女フレンドしか読み ません。い、いや何を言はせるのです。私の言ってゐるのはルブランのルパンです。モンキー.パンチの「ルパン三世」ではありません。
 早川  ともかくとして、ホームズが我が国で読まれていたことは事実でしよう。例えば昭和五年の新青年四月号に渡辺温の「兵隊の死」というのがあって、その中にもホームズは出て来ます。稲垣足穂の「一千一秒物語」の「黒い箱」ではホームズは三枚目あつかいです。作品自体の真似というよりも挿話的現われ方をしています。
 創元  うちで出している「学校の殺人」中にもあります。
 早川  おまちなさい。さっきからあんた自分の所の宣伝ばかりじゃないですか
 創元  いいじゃないですか。おたくもけっこういろんな悪どいことをおやりになる。火星シリーズでは角川さんをそそのかして、うちと同じのを出させたんじゃないんですか。中小企業いじめはやめて下さい。最近のSF文庫だって、まったくうちの物真似装幀でしょ。前の新書サイズのSFシリーズのまんまでいいのに挿絵を入れて売るために−しどい、まったくしどい。あたしの所は真面目に完全な形で出そうとしているのに、ああ駄作ぽっかり出されちゃ買う方もたまったもんじゃない。それに、まったく腹が立つことに、ターザンシリーズなど、予定発行日より大分遅れてるじゃありませんか。こんどのなどは三ケ月も。おたくはいつだって予定通りやったことがない。読者の心をもてあそんでる。そんなにルーズをことで読者がついて来るのが不思議です。うちの方に読者から手紙まで来ているんですよ。「ターザンシリーズを、早川の出した途中からどんどん出してくれ。絶対売れる」ってね。
 早川  言いましたな。
 創元  もっと言いましょうか。小松さんや星さん、それに筒井さんも、名前が売れてる方は最近SFマガジンにのりませんね。原稿料いくらで使ってるんです?時々お情けで実験作がのるだけ。編集部も最近はファンのしりの青いのばかりでやってるんでしょ。おまけにああも度々値を上げといて、「これからいっそう内容の充実を計り・・・」もくそもないもんですよ。なんです。六月号などは校正ミスだらけじゃないですか。タイトルのピネロピがペネロピになってるし、てれぽーとなど、SFMがみんなSMFになってますよ。SMフアンの集まりですか? それだけじゃない、他にもごっそりある。昔は活気があった。小松さんや福島さんがことあるごとに、他の分野の人間にかみついた。なにも昔に帰れってんじゃないんです。純文学などにコビを売るようなマネはやめて下さい。SFを一パン小説のタナへ乗せるため、いやらしい装幌にしたり、別の所では、SFこそこれからの文学をになうジャンルなどと言っておきながら、現代の体制文学にコビをうっている。不純だ。近親ソウカンだ。オカマだ。コウモリだ。マスターベーションだ。浮気だ。「SFMは同人誌になった」と誰かが言っていましたね。それへの言いぐさがいいじゃありませんか。「前のは個人誌でしたよ」とは。そんなことだから小松さんや星さんが小説新潮へ流れてしまう。あたりまえですよ。
 岩波  まあまあ、うちわの事情にさう立ち入らずに。早川さんもね、ただひとつのSF専門誌だってことで、いろいろかたよったことできなひわけで、つまり・・・おや泣ひてらっしゃるんですか?
 創元  いいえ。ようするに売れればいいってことじゃないすか。それはほんとにSFを、いや本を愛するとはは言えない。読者に不親切きわま少ない。
 早川  おまえのとこだって不親切さね。ホームズのシリーズを見ろ! おまえんとこには「シャーロックホームズの功績」というのがないだろう。ドイルのせがれとカーが書いたやつだ・・・・・。
 創元  .....
 岩波  え、えっと、あの、私共の調査によりますとですね。新潮さんで出している「シャーロックホームズの事件簿」がないと、どちらもシリーズとしては不完全なものかと −。
 早川  創元・・・・・。
 岩波  つ、つまり、ああ、そんな目で見ないで下さい。
 早川  くっ、くそ。新潮のやつめ! うちの作家を横どりするだけでなく − もう我慢できん。やつを呼んでこい。やつを。
 創元  そ、そうだ。新潮さんをお呼びになって下さい。
 岩波  は、はい! はい! それでは次回は新潮さんをお呼びしまして、改めてこんどは日本のSF小説につひてお話しをしていただかうと・・・・・。


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