贖罪の朝  藤森 重臣


「母さん、お早よう!」
「お早よう、坊や」
「兄さん達は起きた?」
「いえ、まだよ」
「遅いなあ、起こしに行っていい?」
「駄目よ、お兄さん達は遅くまで働いてくたくたになっているから、もう少し寝かせておいてあげましょうね。お前みたいに眠りたい時に、眠る訳にはいかないのよ。ところで気分はどう?」
「うん、悪くはないけど、でもやっぱりこそばゆいよ」
「触っては駄目よ! 増々悪化しますからね。生まれた時はお兄さん達とちっとも変わっていなかったのに、何でお前だけがこんな病気になったんだろうね。それも急に!」
「なんていう病気なの?」
「さあ病名は、はっきり分らないんだけど、皮膚病の一種には間違いないわ。お前にだけ皮膚病が取り付くなんて、何と因果な子でしよう。
 神様、どうかこの子の病気を直してやって下さい。この子の前には未来が開けています。しかし、このままだと病原菌が顔中に広がって窒息死してしまいます。それがこの子に課せられた宿命なのでしょうか、それでは余りに惨過ぎませんか? 何故、神様はこの子だけをこんな醜くしてしまわれたのですか? この子の顔に繁殖した病原菌さえ駆除出来たら、何故、神様はこんな病気を、こんな害悪を失くしてしまわれなかったのです? これも必要悪なのでしょうか? 宿主から養分を吸い取り、生体を衰弱させてしまう寄生中みたいを、何の取り柄もないこの細菌が、何で必要なのですか? 何の為をのですか? 教えて下さい! そして一日も早く、この子の顔をもとのようなすべすべした肌に直して下さい。この子の病気が直る為なら、私の目なり手なり何なりと差し上げましよう。どうか神様、私の願いを叶えて下さいまし」
「母さん、何を祈ってるの?」
「お前の病気が直るようにお祈りしているのよ」
「僕もお祈りしていい?」
「勿論よ!一生懸命お祈りすれば、きっと神様は聞き入れて下さるわよ」
「うん、僕一生懸命祈るよ、あっ!!」
「どっ、どうしたの?」
「目が、目が、見えない!」
「大丈夫かい、お前? しっかりおし、母さんによく見せてごらん、あっ! 皮膚の爛れが瞼の裏にも、そして眼球まで達して! なぜ、どうして、なんで、こんなに速く病状が進行したのかしら? 坊や、母さんの顔が見えるかい?」
「母さん、どこ? さっきまで見えていたのに、今は全然見えないよ! 母さん、かあさーん! うっ!!」
「坊や、今度はどうしたの?」
「いっ、息がくっ、苦しい!」
「到頭、気管まで犯されてしまったのね」
「かあさーん、なぜそんなに遠くに行ってしまったの。もっと傍に来て、僕恐いんだよ、怖ろしいんだよ、真暗で! 世界の中からはみ出されたみたいで」
「こんな傍にいるに、耳まで塞がれてしまったのね。この子はもう生きられない、あー神様、この子を見捨てないで下さい。どうかどうかお願いします。
 坊や、坊や、死んじゃ駄目よ! 生きるのよ! 生きようと思うのよ! 坊や、坊や、聞こえる?!」
「くっ、苦しいよ!、僕、もっと、いっ、生きたかった。でも僕、神様を恨んじゃいないよ。なぜって、神様は僕を、嫌いじやないんだよ、僕が可愛くてたまらないから、こんな目に合わせてるんだよ、僕は、そう信じるんだ、いや、絶対そうなんだ! だから死んでも構わない、だって〃、神様の所に行けるんだもの、母さん、そうだろう? 神様のいる所はとても素晴らしい所、この世の汚いこと、悪いものが全然ない世界、天国という所なんだろう? 母さん、、、天国ってどこ? 、、、、、僕は、、、行くん、、、だ、、かあ、、、さん、、、ぼくは、、、、」
「坊や! 死んじゃ駄目、死んじゃ駄目よ!坊や〃、! あ ー 神様、ここで私は嘘を言っていた事を懺悔致します。この子に兄弟達が眠っていると言って、騙していた事を、兄弟達は眠っている事は眠っているのですが、二度と目覚めぬ眠り、永眠しているのです。皆、私の腹を痛めた子で、愛情深く見守っていたのに、ある子は凍死し、ある子は全身火傷がもとで、また事故でバラバラになった子もいました。そして、最後に残ったのは下から三番目のこの子でした。この子に本当の事、一人法師である事を知らせて、悲しい思いをさせるのが辛かったのです。この子だけは立派に無事に育てたいと願っていたのに、それなのにこんな病で苦しまねばならないとは、諸々の罪を荷なってこの子は死ぬ運命なのでしょうか、病原菌の為、毛髪は全部抜け、肌はケロイド状に変質し、鼻は潰れ、ロはひん曲がり、あらゆる憎悪、憤怒、遺恨の為にこんな醜悪な姿に変わり果て、今死のうとしています。どうか御慈悲を! 神様!
 坊や! 坊や!、、、、おーーー!! 心臓が!心臓が! 止まっている! あ−−明日から私はどうして生きてゆけばよいのでしょう? 何を生きがいとしてゆけばよいのです! この広い空間に私は一人、アア
 ポウヤポウヤイイコダカラネマショウネネマショウネネマショウネネマショウネマショウネマショウ、、、、
        一九七二年五月十四日


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