星の子  浦 晃

 僕があの子に会ったのは………
 いつだっけ。
 母に言われて、伯父さん家に行く途中、もう夕暮れで、辺りはたそがれにつつまれていた時だったナァ。
 そんな時、並木道の一つの木の下に、あの子は、寂しそうに、僕の方を見ていたんだ。
 可愛かったなあ。
 僕はなんだか悲しくなってきて、「名前はなんて云うの」と聞くと、「リサちゃん」と答えたんだ。そして「どこから来たの」と云うと、「あっち」と、小さな指を、もう夜になって、星の出ている空をさして言ったんだ。僕は、母の伯父さんへの言伝を忘れて、しばらくリサちゃんと話していた。そして夜遅く家に帰った時、酷く母に怒られたっけ。

 その次僕があの子に会ったのは、学校の帰りだった。その日は昼から突然雨が降って来て、傘を持って来ていない僕が濡れ乍ら門を出ると、その子が自分よりずっと大きな黄色い傘をさして待っていたんだ。
「どうしたの」と僕が尋ねると、リサちゃんは、僕の方を、じっと見て答えたんだ。
 「雨が空から降りて来て、お兄ちゃんが濡れるので、リサちゃん、迎えに来てあげたの」
「そう、どうもありがとう」と、僕は少し驚いて言ったっけ。でも結局僕は傘には入らなかった。背の高い僕と、大きな傘の下のリサちゃんはまるで仲のいい恋人のようにして帰ったんだ。それから僕は雨に濡れるのが好きになったんだ。

 最後に僕があの子に会ったのは………
 僕が家族と夕食を食べている時だった。ヴィジィ・ホーンがピンポーンとなるので、母が「誰かしら、コウちゃん、ちょっと出てくれない」と云うんで出てみると、リサちゃんが、何だかとっても悲しそうな眼をして、言ったんだ。
「あのね、リサちゃん、遠い遠い所へ行っちゃうの」
 僕は、リサちゃんと同じような向きになるようにかがみこんで、リサちゃんの眼を見ながら、「そう、遠いところへ行っちゃうの、もう会えないんだね」と云うと、リサちゃんは、泣きそうな顔になって、「うん、もうリサちゃん、お兄ちゃんに会えないの、ずっと、ずうっと遠い所へいっちゃうの」と云って、夜空の星を射したんだ。
 僕はリサちゃんに、さよなら、を云って、あの子が夕闇に見えなくなるまで、見ていたっけ。それから母の呼び声で、家の中にはいったんだ。

 それから一度もリサちゃんに会っていない。
 たまに、母の使いで伯父さん家へ行く時、それから雨に濡れて帰る時、あの子のことを想い出す。僕は知っている。あの子が何処からやって来たかを、自分の手がとどくはずもない玄関のヴィジイ・ホーンを鳴らして、僕にお別れをいいに来たリサちゃんのことを。

 あの子は星の子なんだ。
 あの子は、遠い星の子なんだ。(完)


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