ダーク・スター  シルヴァーバーグ
To The Dark Star Robert Silverberg

         訳 飯田 勉



小頭=iマイクロセツアロン)と改造女=iアダプテッドガール)とそして私の三人は暗黒星(ダークスター)へ向かって旅立った。私たちの争いも始まった.あわれに組み合わされた三人のちがった人種、それが私たちだった。
 小頭〃はクウエンダー第四惑星人だった。ぬめぬめとしたグレーの膚、気味悪くもりあがった肩、そしてそれにほとんどかくれてしまっている頭、そんな生き物がその惑星に住んでいるのだ。彼、いや、それはすくなくとも完全な異星人(エーリアン)だった。女はそうではなかった。しかし、私は彼女と気があわなかった。
 女はプロセイン星系からやって来た。そこの大気は地球型だが、重力は二倍だった。女の肩には肉ががっちりとつき、腰はそれ以上だった。肉のかたまりのようだった。植民星に順応させられた人間の子孫が彼女たちであった。しかし、医師たちは植民者を小頭のような異星人としか思えない生き物に改造してしまっていたのだ。
 私たちは科学調査のプロジェクト・チームであった。星の最期を見とどけるために派遣されたのだ。それは、ビックプロジェクトであった。人類最初の壮挙をなしとげるために、三人の専門家を選び出して宇宙機におしこみ、外へ向かって打ち出したのだ。すばらしい目的であった。私たちはその目的をよく理解していた。実際、専門家としての組み合わせは、理想的であった。しかし、私たちの間では、協力と言う言葉は存在しなかった。私たち三人は、お互いに憎み合っていたのだから。
 改造女〃ミランダは暗黒星が私たちのサイトにはいって来たとき、コントロール室にいた。ミランダは私たちにそのことを知らせる前に、自分だけその星について研究したのだ。そして各部所に連絡した。
 私は走査室にはいった。スクリーンの前にあるシートから、ミランダの筋肉ばった大きな身体がはみだしていた。小頭≠ヘ骨ばった三脚のように、うずくまった格好で彼女のそばにいた。彼の肩はもりあがり、頭はそれにかくされていた。上部がほんのちょっぴり出ているのが見えた。生物の頭脳が頭部になければならぬ、と言う真の理由はない。そして胸にあるのは危険だ、と言う理由もないのだ。しかし、私はその奇怪な生き物にけっして慣れてしまおうとはしなかった。エーリアンに対してほんの少しでも寛容の心をもつことを、私はひどく恐れていた。
 「見て!ミランダが言った。スクリーンは赤々と染まっていた。暗黒星はスクリーンのちょうど中央にあった。距離はおよそ八光日ーそれが私たちの最も近づける距離でもあった。星は死んでいなかった。名に反して暗黒でもなかった。私は畏怖の念をもってじっとスクリーンを見つめていた。巨大な、そう、太陽の四倍の質量はありそうな星、巨星の堂々たるなごりであった。スクリーンは広大な溶岩の平原でまっ赤に染められていた。火山灰やスラグの島がまっ赤なマグマの海に漂っていた。にぷい赤色がスクリーンをこがす。深紅色にはえる黒。死んだはずの星はまだ生々と活動していたのだ。巨大なスラグの堆積の奥深く、圧縮された核がうめき、あえいでいた。かってこの星の輝きが、周りの星々を照らし出していた頃があったのだ。私はあえてこの星系がすごして来た数兆年のことを考えようとはしなかった。そしてこの大異変前には、光と熱の源としてこの星をむかえていたいくつかの文明のことも考えなかった。
「もう温度は測定したわよ。表面の平均温度は約九〇〇度。着陸のチャンスはなさそうね」
「平均温度だって!そんなものどうするんだ。特別のをとるんだ。その島の…」
「火山灰のかたまりは二〇〇から五〇〇度、すきまは一〇〇〇度まで行ってしまうわ。九〇〇度近ぺんでみんな動いているわ。だから、もしあなたが降りて行ったら、あっという間にとかされてしまうでしょうね。どう、行ったら、祝福するわ。きっと歓迎されるでしようよ」
「私の言いたいのは−」
「わかってるわ、この火の玉のどこかに着陸する場所はないか、って言いたいのでしょう」とミラノダはどなった。彼女の声は低い轟音のようだった。ミランダの広い胸のどこかに共鳴する空間があるのだろうか。
「わたしにはそんなもの見つける力はないわ」
「調査のために、クローラをつかわなきやだめかな」と小頭≠ェわけのわかったように言った。「実際に着陸するのはどうしても無理のようだ」
 ミランダはだまっていた。私はと言えば、スクリーンにうつる暗黒星をじっと見つめていた。
 星はその一生を終えるまでに厖大な時間を費す。私が眺めていたこの物体はそのほぼ無限と思われるような年月を感じさせた。その星は一兆年もの間激昂していた。燃料である水素をつかいはたすまで。そしてその熱原子核炉は消え始めた。星は冷却より身を守ろうとする。燃料の供給が少なくなるように、星は縮少し始め、当然密度が上昇する。そして重力のポテンシャル・エネルギーを熱エネルギーに変換する。星は白色矮星として新しい生活を始めた。そしてその星は一インチ立方に一トンと言った莫大な密度を有するのだ。
 私たちは長年にわたって白色矮星を研究していた。そしてその密度を知っている。と思っていた。研究のためにプルートに観測所をうち上げていたのだ。
 しかし、スクリーン上の星は私たちの常識とはちがっていた。それはかってチャンドラセカールの限界 − 太陽の一、二倍の質量ーをこえていた巨星であった。この星は白色矮星へ段々と縮少していくことに満足していなかったのだ。核はあまりにも密度が上がりすぎたために、安定の前に破滅がやって来た。水素が鉄五六に変換させられた時、破滅がおとずれた。超新星化したのだ。
衝激波は核をつきやぶり、運動エネルギーは熱に変換させられた。ニュートリノは外側に向かってはき出され、星の外皮は二千億度にまでたっしたのだ。そして熱エネルギーは全宇宙に向かって猛烈に放射された。それは苦悶する屋からの光の奔流となり、銀河にひときわ明るく輝いたのであった。
 私たちが今見ているのは、超新星化によって残された核なのだ。その恐しい爆発の後でさえ、以前と変わらなかったのは、その大いなる質貴だった。打砕かれた老朽星は未来永却にわたって冷えつづける。最後の死に向かって。小さな屋にとって、その死とは冷却と言った単なる死であろう。薄緑の爆発、そして光もない熱もない虚空に、漂い続ける暗黒矮星となるのだ。しかし、この星の核はチャンドラセカールの限界を大きくこえていた。特別の死はこの星に運命づけられていた。
 そしてこの特別の死を見るために、私たちは旅立った。
 私は宇宙機を暗黒星の影響をうけない安全な軌道にのせた。ミランダは測定や計算でいそがしく動き回っていた。小頭≠ヘ絶対必要である困難な仕事をうけもっていた。仕事はうまく分担されて、私たちはお互いに雑用におわれていた。調査飛行の費用は莫大なので、チームの大きさは非常に制限されていた。私たち三人はそれぞれ、人類の代表、改造された植民地人の代表、そしてクウエンダー星人−小頭の代表であった。それらは私たちが知っている宇宙の知的生命であった。
 三人は科学者だった。世間一般の常識では、科学者は感情がなく、自分の仕事のことだけを考えている、と言うことになるのだが、私たちはどうだろうか。三人は他のことに目もくれず、懸命に研究にうちこんでいるはずなのだが。とにかく、私たちの間では、常識が存在しなかったようだ。
「放射振動のグラフはどこにある?」ミランダに聞いた。
「わたしのレポート見てよ、去年発表したはずよ」
「ふざけるんじゃない!そんな悠長なことしてどうするんだ。今、私は必要なんだ!」
「じゃ、質量−密度曲線の集計をもらわなくちゃ」
「まだ準備出来てない。生のデータしか持ってないんだ」
「うそよ!一日中、コンピュータは動いてるのよ、そんなこと知ってるわ」ミランダは私をどなった。
 私は頭に来て彼女の喉にとびかかろうと思った。それはちょっとしたケンカになったろう。ミランダの三百ポンドの身体は個人戦のトレーニングを受けてないことを知っていたが、大ききや力強さの点で彼女はすべて私に勝っていた。ミラノダが私をまっぷたつにする前に、彼女の急所をなぐることが出来たろうか。私はふみとどまった。
 その時、小頭があらわれ、すぐさま私たちの仲をとりもった。
 小頭は感情のない「科学者」のステロタイプにまったく一致しているようだった。もちろん、それは真実ではなかったのだ。いろいろなことで、彼はいらだっていた。しかし、私たちにはそんなところなど少しも見せなかった。その声はヴォコーダーのトランスミッションのように平担で、感情は穏やかだった。彼はミラノダと私の調停役であるかのように動き回っていた。私はそいつの平静をよそおった顔が大きらいだった。もっとも、小頭も感情をむき出して争っている二人をきらっていただろうし、その二人をなだめることに優越感とサディスティクな楽しみを感じていたかもしれない。
 私たちは研究にもどった。暗黒星の最期まで、まだ少しの時間が残されていた。
 暗黒星はほとんど活動を停止するほど冷えていた。しかし、まだその奇怪な核には私たちの着陸が不可能をほどの熱原子の活動があった。そして、かすかだがスぺクトルの可視帯にある電磁波を放射していた。恒星の標準からすれば、その熟は無に等しいが、私たちにとってそれは活火山に降りて行くようなものであった。
 星を観察するのはたいくつな仕事だった。その光度は非常に低く、一光月以上の距離になると実際に見ることは出来なかった。人工衛星につんだエックス線望遠鏡で、核からの中性子ガスの放射を測定してはじめて発見されたものだった。今、私たちに観測の仕事をやり終えた。中性子の逸脱や電子の捕捉のようなことも記録した。最後の時間も算出した。必要なところでは、私たちも協力をした。もっともほとんどの時間は、一人で行動していたのだが。機内の緊張ははげしかった。ミランダは私を悩ますように自分の仕事をしているみたいだった。私はミランダのそのいやらしさを軽蔑して優越感を持っていたのだが、自分がその彼女と同じような人間であったと言うことをあとで告白しなければならない。小頭は私たちを悩ますと言っためだった事はけっしてしなかった。しかし自分の個室では、むらむらとこみ上げて来るものをなにかにぶちまけていたのかもしれない。私たちに対する小頭≠フ無関心と言うものは、ミランダのあからさまをいやらしさ、私の悠長をまるでラバのような応答など、二人の不協和音にとって相当強力な力であった。
 星はスクリーンにその姿を見せていた。死につつあると言うことをうらざるようなその生命力で、星はぷつぷつと音をたてているかのようだった。長径が数千マイルもありそうなスラグの島は、分烈しそして再びあつまり、自由に炎の海を漂っていた。私たちのグラフは最後の瞬間が近くにせまっている事を示していた。それは私たちが重大な選択をしなければならない事も意味していた。誰かが最後の瞬間を監視しなければならなかったのだ。危険は大きかった。それはほぼ必然的とも言えるものだった。
 私たちの仕事もクライマックスにさしかかって来た。ミランダは相変らず色々な面で私を困らせ続けた。なんともいやな女だ。私はこの飛行をクールにはじめた。職業的な嫉妬心をのぞいて、私たちを分けたものはなにもなかった。時間がたつにつれ、口げんかは個人的な反目に変って来た。私はちょっとミラノダを見ただけで、気分が悪くなった。彼女も同じように思っていただろう。
 ミランダは何かにつけて私にいやがらせをしていた。彼女は私を因らせるために調査に参加したんじゃないかとさえ思えた。そしてミランダははだかで機内を歩きはじめたのだ。セクシャルな刺激を私にあたえようとしたのだろうか。彼女にとっては困った事だろうが、私はこのようなグロテスクに改造された女に、とてもじゃないけれど、欲望など感じることが出来なかった。ミランダは私の二倍はありそうな肉と骨のかたまりなのだから。
 ミランダのぶよぶよとした乳房やばかでかい尻は、私に嫌悪以外の何ものも感じさせなかった。ミランダが自分自身をむき出しにして私を燃えたたせようとしているのは、自分の欲望からだったろうか、それとも−−とにかく、彼女が私をひどく因らせたのは確かだ。ミランダはその事を知っていたにちがいない。
 暗黒星を周回して三ヶ月目、小頭が私たちに言った。
「この座標を見てくれ、シュワルツシュルトの半径に近づいている。私たちのビークルを表面に送るチャンスだ」
「誰をモニターにのせるんだ?」と私。
「あなたよ」ミランダのがっちりとした手が私の方を向いた。
「大任務に御推薦ありがとう」私は出来るだけ静かに言った。「でも、おことわりする!」
「くじ引きにしょう」と小頭。
「公平じゃないわ」ミランダは私をにらみつけ、「彼が適当に細工するにきまっているわ。わたし、信用出来ない」とはき出すように言った。
「じゃ、どのようにして選ぶんだ?」とエーリアンが私たちにきいた。
「投票にしよう、私はミランダだ」
「この人」私をさしてミラングは言った。
 小頭はねばねばした触角を肩にはさまれた小さな頭の上で動かした。「自分自身を選ぶわけにはいかないから、あなた方二人のどちらかにしなけりゃならないわけだ。だけど、こんな責任はおことわりだ。別の方法を考えよう」
 私たちはしばらくの間この問題からはなれることにした。まだ最後の瞬間まで二、三日あったのだ。
 私は心からミランダがモニターカプセルに乗ればいいと思った。うまくいけば、彼女は死ぬし、悪くしても、彼女のあのいやらしい性格がどうにかなるかもしれない。とにかく、私はこれからおこるだろうあのすげらしいそしてなんとも言えぬほど恐しい体験を、ミランダにあたえることに絶体反対はしない。
 この星におこりつつある現象は、一般の人には奇妙に思えるかもしれない。しかし、この理論は何千年もの前にアインシュタインやシユワルツシュルトによって概説されていた。そして何度となくたしかめられていた。もっとも私たちの調査以前には、ごくせまい範囲にかぎってであったが。物体が十分に高い密度に達したとき、その物体を空間を曲げ、それをつつみこんでしまう。つまり、大宇宙から孤立した閉鎖空間をかたちづくるのだ。超新星化した核はそのようなシュワルツシュルトの奇異をつくり出す。物体はほぼ絶体零度に冷えた後、そのチャンドラセカールの質量をもつ核は体積ゼロへのはげしい崩壊を体験する。同時にほぼ無限大の密度に達するのである。
 このようにして、暗黒星はそれ自体をつつみこみ、大宇宙から消滅する。なぜなら、時空連続体の組織は無限大の密度を有する点をどのようにとりあつかうことで出来ようか。
 そのような崩壊はまれである。多くの恒星は冷たくなりその状態でとどまる。しかし、私たちはそのまれな現象が今起らんとしているその目前にいたのだ。そして、一刻も早く観測機をその星の表面へ送りこせねばならなかった。核が大宇宙の壁をつきやぶり消滅するその瞬間まで、すべての出来事をその観測機が私たちにおしえてくれるはずであった。
 とにかく、誰かがこの装置にのりくまねばならなかった。このことは、間接的に星の最期を体験することなのである。私たちは他のいろいろな問題で次のようなことを知っていた。モニターが実体と外見を区別することが困難になると言うことである。それは遠いところにあるピックアツプ送信装置からの信号を自分自身の体験として受信するのである。精神の反動のようなものが結果として生じる。そして、油断のある脳は完全に破壊されてしまう。
 どのような衝撃が、その最中に直接モニターの頭にかかるのだろうか。私はそれを研究した。もちろん、私自身がその実験台になろうとは決して思わなかった。
 私はミランダをどんな方法でカプセルにのせるか考えていた。もちろん、彼女も同じことを考えていただろう。そして、その先手をうったのは彼女だった。彼女ら植民地人は常用性のない幻覚剤を愛用していた。それで彼女らの単調な世界をまぎらしていたのだ。ミランダはどうにかして私の食料供給装置のプログラミングに手を加えたのだった。そして親切そうな顔をして、彼女のだいじにしていたアルカロイドの一つを私にさし出した。食べてから一時間ぐらいたったろうか、私はその効果を感じはじめた。暗黒星の高まりつつある質量−ほんの二、三ヶ月の間にそれは大きく増大したのだーを研究するために、スクリーンに向かっていた。そして私は見たのだ、スクリーンの画像が渦をまき溶けはじめるのを、フレームが気味のわるいダンスをしはじめるのを。
 私は手すりにしがみついた。皮膚から汗がふき出して来た。船が溶けはじめた。床は私に向かって持ち上がって来たのだ。後ろをふりかえると、灰の大陸が光り輝くマグマの奔流にのみこまれて行くのが見えた。
 ミランダが私のうしろに立っていた。「さあ、いっしょにカプセルにのるのよ」彼女はそうささやいた。「モニターはもう準備が終ったわよ、さあ、面白いものを見にいきましょう、きっとすばらしいわ」
 私はミランダのあとをよろよろとついて行った。ミランダの身体はいつになくエーリアンのように見えた。筋肉は波うち、金色の髪はスペクトルの七色にかがやいていた。皮膚には奇妙にしわがよりぼつぼつと小さな穴があいていた。カプセルにはいろうとした時、私はどう言うわけかほんとうに落ちつきを感じた。彼女はハッチをあけた。その内から、きらりと輝くコンソール・パネルがあらわれた。続いて私もはいった。その時突然、幻覚剤のききめが強くなった。カプセルの暗闇の中に、私は悪魔を見た。
 私は床にたおれ、身体をひきつらせた。
 ミランダは私をぐっとつかんだ。彼女にとって、私など人形みたいなものだった。私は持ち上げられ、カプセルへ押しこまれそうになった。汗が身体をぬらした。突然意識がもどって来た。私は焦って彼女の腕の中からぬけだそうとした。のたうちながら、ハッチの方へ向かってにげようと思った。ミランダは野獣のように追って来た。
「いやだ! いかないぞ!」私は思わずさけんだ。
 彼女は足をとめた。顔が怒りでゆがんでいた。くるりと背をむけて、彼女はどこかへ行ってしまった。私は薬のききめがすっかりきえるまで、そのまま床に横たわっていた。
 今度は私の番だった。しばらくして、私は活動をはじめた。力で力をたおさなければ、そう自分に言いきかせた。と言ってもミランダのうらぎりのような危険をおかすことは出来なかった。時間はどんどん過ぎさっていった。
 機に備えてあった医療セットの中から、私は麻酔につかう催眠用のプローブを取り出した。そして、ミランダの望遠鏡の一つにそれを取りつけた。あるプログラミンクをプローブにして、ミランダに作用するようにしておいた。彼女がそれを使う時、プローブはやさしい歌声でミランダを誘いはじめるだろう。そして多分、彼女は私の希望どおりの行動をするだろう。
 プローブのききめはなかった。
 私はミランダが望遠鏡のところへ行くのをみまもった。そして彼女は望遠鏡のところについた。私の心の中に、プロ−ブのやさしいささやきがひびいて来た。それは、ミランダにも聞こえているはずなのだ。催眠用のプローブは、ミランダにリラックスするようにささやいていた。
つづいて、1段とやさしくはじめた。「…カプセルへ・・・さあ、カプセルへおはいりなさい……あなたはクローラーをモニターするのです…‥さあ、あなたはそれをしなければなりません…」
 私はミランダが夢遊病者のようにカプセルへ歩きはじめるのを待った。彼女の黄かっ色の身体は、身動きもしなかった。しかし、筋肉が波うっているのが、はっきりとわかった。プローブが作用しはじめたのだ。そう、ミランダはプローブに影聾されつつあった!
 彼女は、望遠鏡がスズメバチであるかのように、それに飛びかかった。望遠鏡の胴にはねかえり、ミランダは床になげだされた。彼女の目は怒りにもえていた。私の目前で、急に彼女の大きな身体がもち上がった。彼女は半狂乱のように見えた。プローブは彼女に何か効果をあたえていた。しかし、彼女は完全な催眠状態にあったのではなかった。改造された脳のなにかが、催眠効果をよせつけない強さを、ミランダにあたえていたのだ。
「これ、あんたがやったのね!」と、ミランダが急にどなり出した。「望遠鏡に細工したの、あんたなの!」
「ミランダ、君の言うことがわからないな」
「うそつき!ペテン師!この卑劣漢!」
「まあ、おちつけ、君はちゃんと機の軌道を…」
「そんなことはどうでもいい、わたしの顔にあるこれ、なんなの!あんたがしかけたんでしょう!催眠用のプローブ、あんたがつかったの?」
「そうだ」私はひややかに認めた。「それじゃ、君がわたしの食べ物にいれたものはなんなのだ?幻覚剤をどこへかくした!」
「それ、ききめがなかったわ」
「このプローブも同じだ。ミランダ、誰かがこのカプセルにはいらなければならないんだ。二、三時間のちには、最後の時が来る。本質的な観測をしないで帰ることが出来るか?やっぱり二人の犠牲者を出さなければ」
「あんたのために?」
「いや、科学のためだ」私はまじめに言った。
 ミランダは私に軽蔑の笑いをあぴせた。そして、大またで私の方へ近づいて来た。彼女は完全に回復しているようだった。そして、力づくで私をカプセルにほうりこもうとしているように思えた。その時、彼女のぶかっこうな腕が私をぐっとつかんだ。皮膚のにおいで私はむっとした.そして肋骨がきしむのを感じた。私はミランダの身体をがんがんをぐった。急所をさがしながらなぐったのだが、うまくいかなかった。私たちはお互いにうなり声をあげながら、キャビンのあちこちへころげ回った。私は身体のハンディがあるので必死にたたかった。結局、ミランダをたおすことが出来なかったが、どうにか私もやられなかった。
 小頭の抑揚のない声がひびいた。「二人とも落着くんだ。星がシユワルツシュルトの半径に近づいているんだ。今、やらなくては!」
 ミランダの腕が私からはなれた.私はミランダをにらみつけながら、一歩さがった。私の、めちゃめちゃにされた身体が大きくあえいでいた。どす黒いうちきずが彼女の皮膚にあらわれて来た。私たちはお互いの強さと言うものに気がついたようだった。カプセルにはまだ誰ものり手がなかった。憎悪もまだ私たちの間に漂よっていた。そして、かっ色のぬめぬめとしたエーリアンが私たちの間に立っていた。
 ミランダと私のどちらに最初に、この考えがうかんだのかよくわからない。しかし私たちは間髪をいれず、小頭にとびかかったのだ! 小頭はかろうじて二、三言つぶやいたが、私たちはそれを床に押しふせた。そしてカプセルのある室へつれこんだ。私がハッチを開いている間、ミランダは小頭を力づくで持ち上げ、カプセルへ押しこんだ。そして、二人でハッチをしめたのだ。
「クローラー、発進!」ミランダはさけんだ。
 私はうなづき、コンソール・パネルに向かった。
 ボウガンから飛び出るダートのように、クローラーは機から暗黒星の表面へと高加速で出発した.クローラーの中には、機につんである観測カプセルの遠隔送信装置でコントロールされる小型ピークルが登載されていた。観測者が腕や足でコントロール装置やサーボリレーを動かすと同時に、八光日彼方にあるクローラーの水力ピストンが動くのである。
 小頭はクローラーをうまく操作していた。ミランダと私はビデオピックアップから送られて来る地獄の様子をみまもった。冷たくなった恒星でさえ、生物の住める惑星よりもおそろしく熱いのだ。
 暗黒星からの信号は刻々と変化していた。筆舌に尽くしがたいような奇妙な何かが、そこでおきつつあった。
小頭の精神はその様子にくぎづけになっていた。重力の潮流が星をむちうっていた。クローラーは持ち上げられ、次の瞬間奈落へおちこみ、そして押しっぶされる。引きさこうとするひずみがクローラーにおこる。我らの仲間はそれらすベてを目撃した。彼は見たことをゆっくりと規律正しく口述していた。そこには、恐怖のひとかけらもなかった。
 それが近づいて来た。力の潮流が無限大へ向かって増大して行く。誰も見たことのないトポロジー的な現象を描写することに、小頭はついにまよいを感じたようだった。無限大の密度、無の体積ーそれをどのように小頭の精神は理解したのだろうか。クローラーは、原形をとどめないような形に曲げられていた。しかし、そのセンサーはまだデータを送信しつづけていた。そしてそのデータは小頭の精神で中継され、コンビュータのバンクにおさめられた。
 静寂がおとずれた。スクリーンは生気をうしなった。想像を絶する現象はついに完了したのだ。暗黒星はシユワルツシュルトの半径の中へ埋没して行った。それはクローラーを道づれにして、忘却の彼方へきえていったのだ。モニターカプセルにいた小頭には、すべての体験を超越する亜空間の深淵へ自分もいっしょにしずんで行ったように思えたかもしれない。
 私は天を見た。ダーク・スターは行ってしまった。しかし、私たちのデータレコーダの中には、この大異変をあらわすエネルギーの流出が記録されていた。機はすこしの間だが、衝撃波でうちのめされた。そして今、すべては静寂の中にとけこんでいった。
ミランダと私は顔を見合わせた。
「小頭を外へ出そう」
 彼女がハッチを開いた。彼はコンソール・パネルの前で静かにすわっていた。彼は何もしゃベらなかった。ミランダは小頭をカプセルから引き出した。彼の目はうつろだった。それは何も教えようとはしなかった。
 今、私たちはなつかしい銀河への帰途にあった。使命はすべて完了した。貴重なそしてユニークなデータがコンピュータのメモリーにつまっている。
 小頭はあれ以来一言もしゃべらなかった。そして再び彼はしゃべることはないだろう。
ミランダと私は協力して機内の雑用をしている。憎しみなど、どこかへ行ってしまった。今二人は、仲間をうらぎった共犯者同志なのだ。私たちは、その犠牲になった仲間を、やさしく看護している。
 誰かがモニターにならなければいけなかった。志願者はいなかった。そして、この状況があのようなーそう、思いもよらなかったー結果をうんでしまったのだ。
 ミランダと私はひどく憎み合っていた。それはたしかだ。ではなぜ、その時、二人は協力したのだろうか。
 私たち、ミランダと私は二人とも人類なのだ。小頭はちがう。あの時、このことが協力をうんだのだろうか。最後の分析で、ミランダと私はこんなことを考えた。人類はともに協力し合わなければならない。そこには、なんらかのきずながある。
 私は文明へ向かって機のスピードを上げた。ミラノダは私にほほえむ。彼女への憎しみは全然感じられない。そして、小頭はだまっている。
                          了
訳者あとがきのようなもの
 はじめて完成させた翻訳です。正直言って、意味のよくわからない文章もたくさんあって、前後関係から考えてみたり、省いたりしてしまいました。だから、原文と比べてよんでいくと、相当ちがった文になっているかもしれません。また、ぼくの、国語力のせいか、読みにくい文章が多く、恐縮しております。
 訳していながら、こう言うことかくのもなんですけど、あまり面白くありませんね。あっけない結末です。設定や暗黒星のことなんか、わりと興味深くよんだのですが、どうも結末にきてひっかかってしまいます。ぼくの理解のし方がおかしいのかもしれません。当会の会員の中には、これはアメリカにおける人種差別をあらわしているなんて言う人もいましたが、どうでしょうか。今頃になって、とんでもない誤訳をしているのではないかと言う気がしてきました。一応義務をはたしておきます。これは、ハリスンとオールディスの編集した年間傑作集二巻からとりました。         (勉)


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