甦る武人  平岩 雅博

 また聞こえる。奈落の底から毎晩の様に聞こえる。何か理解を超えた音。剣戟と蹄の音−確かに聞こえた。まがう方なき戦のひびきが。しだいにはっきりしてくるにつれ剣戟の音は薄れて行き、馬のいななきと蹄の音だけが聞こえる。馬とそれに乗った武人も見えるが、そう、確かに馬上の武人は
 「母上、母上、起きて下さい」
 その時、苦しい夢から悲しい現実へ引きもどす突然の声にケイは目ざめた。
 「ああ お前か。こんな夜おそく何ごとですか?」
 声の主は息子のオオササギだった。
 「このところ母上は毎晩の様に夢にうなされていますが、何か知りませぬが、天照大神にかけて母上を苦しめる悪夢を父上より授かったこの神剣で断ち切って見せましょう」
 「父上が・・・ホムダワケノミコトが私のことをむかへに来ているのです。父上の乗った馬が夢の中をかけめぐり、私もその馬に乗ろうとするのですがどうしても乗れぬのです。どうしても・・・」
 ケイは、今は亡き愛しの人を偲び涙を流しつつ話った。
 「それでは、母上は父上が黄泉国からあなたをむかへに来ていると言うのですね。いくら父上といへども、いくら大王といヘども黄泉国からさまよい出て来ることなどゆるせませぬ」と、言ってオオササギは剣の柄に手をかけた。
 「いえ違います。あの、かつて類を見ない天陵墓に葬られたのは父上の肉体だけです。私には解るのです、あのお方は生きておられます。いつか父上はこう言っておられました。『私は死なない。なぜなら、私は肉体を持ってはいるが、精神はそれに勝っているからだ。私の肉体は精神が造り出したものなのだ』と。私がいつまでも若いのはそのためかも知れません。さあ、もう母のことは心配せずお前もやすみなさい」
 それから幾日もたたぬある晩、ケイは不思議と夢にうなされることもなく、一晩をぐっすり眠ることが出来た。良く眠ることが出来、快い目ざめをむかへた日の昼ごろ、河内国飛鳥戸郡の田辺史伯孫なる老人が、ここケイの居る灘波の高津宮を訪れた。
 その老人は先代の大王であるホムダワケノスメラミコトに出合ったと申し立てておるとのことで、ケイは伯孫と直接会った。
 「して、伯孫とやら、くわしいことを聞かせてくれぬか」
 「はい。それは昨夜の出来事でございました。私が、古市郡におります娘の出産祝いの帰り、ほろ酔気分で馬をとばしてホムダ陵にさしかかりましたところ、赤毛の馬に乗った、何か妖気の感じられる武人に出合いました。そして、その武人はこうたずねたのでございます。『この陵墓には誰が葬られているのか?』と。そこで『オオササギノスメラミコトの父君であるホムダワケノスメラミコトです』と答えました。その武人はしばらく何か考えている様でしたが、じきに礼を言ってどこかへ立ち去って行きました。後になって良く考えて見ると.あの武人はホムダワケノスメラミコトの様に思えてならず、こうして言上にまいったしだいです」と、伯孫は手みじかに語ったが、ケイは昨夜夢を見なかったことと、この話から愛しい人が現実の世界へもどって来たと確信した。
 その夜、ケイはただひとり高津宮を抜け出しホムダ陵にむかった。しばらくして、それに気がついたオオササギは何人かの供の者をつれてホムダ陵へと急ぎ、ホムダ陵にたどりつくとそこには、ケイの乗っていた馬だけが静かに立っており、ケイの姿はどこにもなかった。



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