戦う戦士  佐藤 隆生

 高く、2メートルぐらいに生い茂った雑草が、私の姿をうまく隠してくれていたので、こうした昼間でもある程度自由に行動ができた。今私は朽ちたレールの間を歩いている。草木は、このレールの枕木とその間に敷かれたじゃりの下からも、これらをおしのけて生えそして完全に圧倒していた。草木の間からかすかに見えかくれするレールは、昔その上を走ってした車両はすでになく、目的を失なったままゆっくりとさびつき、原子の状態にもどろうとしていた。私が足をかけると、それはポロッと崩れおちてしまうのだ。

 私は、軽合金とプラスチックだけの極めて軽くできている半自動小銃を肩に掛けていたが、それでもその肩にくいこむ重みは耐えがたいものだった。夏の真上から照りつける陽射しは,厚い雑草の茂みの中まで入り込んでくる。その中は、まるで蒸し風呂のようだった。さく裂弾を半分ほどつめこんだ弾帯をたすきに交差してかけ、腰のベルトには各種の戦闘用具をつるし、金属繊維で織りこまれた戦闘服を着込んだ私と、この蒸し風呂の地獄とはまったく別種のものだった。
 複雑にからみあった、名前もわからない雑草を手でかきわけ、私はもう三日もこうしてレールの間を歩いていた。両手はそのために、無数の細かな傷と大小さまざまなとげがささり、血だらけになっていた。ふきだしてくる血液は、この暑さのために、一瞬に凝固してしまうので、両手はまるで赤い手袋でもしているかのようだった。体中からふき出る汗は、互いに重なりあい大きな流れとなって体中をかけめぐっていた。頭から、バケツで水をかけられにみたいだったし、その汗の量に比例して、私の持っている体力も失なわれていくようだった。三日間ほとんど寝ずに歩き続けることはそれほどたいしたことではないが、こうして日に照らされしかも雑草の中を身を隠しながら進むということは、私には応えた。戟士は、こうした場合にそなえ、絶えず体を鍛え体力をつけるようにしておかなければならなかった。それは苦しいことでもあり、その結果がもたらすものはいったい何なのだろうか。戦う戟士に休息はないのだ。あるのは、戦いのときと、鍛錬のときと、そして死だけ。
 足をひきずるように歩いていて、からみあった草に足をとられ、私は前につんのめるように倒れてしまった。たおれて、ちょうど顔の所にいた生物・・・おそらく蛇だろう・・・が、びっくりしたように私の視野を横ぎって消えていった。空には雲ひとつなく、頭上にのぼっている太陽だけが私を見下し、その輝きは前にもまして激くなっているようだった。この茂みの地面近くの方は意外にひややかで、たおれる時にとげかなにかで切ったのであろう顔の傷から血がふきだしていたが、そのままの態勢でいることがひどく心地よかった。
 いつのまに眠ってしまったのだろうか.気がついた時には、太陽はもうだいぶ西に傾むいていた。私はあわてて起きあがり、真昼の強い陽射しのおもかげをまだ残している、むんむんした茂みの中をみわたした。昼間、私が歩いてきた道にあたる所の雑草が、わずかばかりひしゃげてその痕跡をとどめているほかは、全く変化はなかった。非常に危険なことをしてしまった。こうした茂みから、突然野性化した動物がおそいかかってくる時があるのだ。おそらく動物に食い殺されたのであろう死体を、私はこれまでに何度か見てきていた。戦士とあろうものが動物に食い殺されたのではうかばれない。顔がひりひりするので手をやると、頬にヒルが2匹へばりついていた。それをひきはがそうとした時、おそらく体力の消耗とヒルに吸われたための貧血であろう。突然体中の力がぬけ目の前のものがぽうっとかすんで見えなくなってしまった。そして、体の平衡感覚がなくなりまたも倒れそうになった。私は手をのばして近くに体をささえる物がないだろうか捜し求めた。やがて、手は腰ほどの高さのつきでた岩を見つけ、私はそれに体をあずけた。数分の間、じっとしていると意識がしだいに戻ってくるようだった。

 <この暗闇の中でも、私はおまえの存在をはっきりと感じる。おまえはいったいだれなのだ。ここは、このおれが立っている場所はなんだ。ここはどこなのだ。答えてくれ。光がさしてくる。だが、おまえの姿はぼんやりとしか見えない。おまえなら、解答を知っているはずだ。真実を知っているはずだ。『やれ、殺せ、殺せ、殺せ‥・』なんだ・‥・なんだ、光のあるところに出ろ。なぜかくれているのだ。おまえはだれだ。『いいか、きさまは殺らなければならないのだ、殺せ、殺せ、殺せ‥‥』>

 自分の激しいうめき声で目を覚まし、私は堅い石のベッドから起きあがった。体中が、ねばりのあるべとつく汗をふきだしていた。体を動かすたびに、堅いごわごわした戦闘服が私の体にまとわりつき、その不快感で私は気も狂わんばかりになった。素裸になり、冷たい水の中に飛び込みたかった。時間の観念が全く失なわれていて、空を見上げると.頭上で照りつけていた太陽はなく、空一面はキラキラと輝く星におおわれていた。月も青竜刀のような形で、西の空にわずかに顔をのぞかせていたし日中あれほどむし暑かったのに、今は湿気はほとんどなく、そのため温度がだいぶ低く感じられた。日中かわくことのなかった汗が今かわきはじめ、私の体温をどんどんうばいとっていた。
 私はしかたなく立ち上がり、あたりを見まわすと、思いがけなく、その岩だと思っていたものが駅のプラットホームだったのに気がついたり私はうれしさのあまり大声をあげそうになった。捜していたものにたどりついたのだ。人間の数が減少しているとはいえ、こうした駅の近くには小さな村があるのが普通だった。これでやっと体を休めることができるかもしれない。また、この前の襲撃で使った武器の補充もできるかもしれない。とにかく人間を捜すことだ。私は、体にわずかに残っていた力を引き出し、戦士としてプラットホームをおりたった。貧血はおさまっていたが、いくぷんよたよたとしなから。
 林の間から火が見えたので、私はびっくりして、一瞬自分の目を疑った。そこに人が住んでいるということはその火の明りですぐにわかったが、いったい何のためにこんな夜中に火を燃しているのだろう。罠かもしれない。真暗闇の中で、小さな村を捜すのは容易なことではなく、そのてんで助かったとはいうものの、私の心に疑念は残った。
 やはり、その火は村の所在を示すものだった。その村は、小さく、そして闇の中に完全に溶けこんでいた。動物よけのためなのだろうか、村の境界を示すように、簡単な柵がぐるっとまわりをとり囲んでいた。それでは、あの火もそのためだろうか。とにかくここでぐずぐずしてもても始まらないので、一応柵をひとまわりして、安全であるかどうか確かめてから、中に入ることにした。
 村には、起きている人間はだれもいないようだった。村はほぼ真四角な形をしていて、その対角線ぞいに道がはしり、火は交差点で明明と燃えていた。少なくとも、目に見える限りでは、村は安全そのものだった。奴らのいる気配もなかった。
 私は意を決して柵を越え、その村に入り込んだ。まず、この村の中心でもある、私をここに案内してくれた、火のところへ行くことにした。対角線の道である。火まで半分ほどの距離になったとき、その交差点近くにあった小さな家のドアが急に開いた。私はあわてて地面に身をふせた。この村に入ってからほっとしたためだろうか、それまでの蓄積されていた疲れがどっとでて、体が重くだるくなり、思うように勤かなくなっていた。
 家からでてきたものは、火の明りの逆光で真暗な影しか見えなかったが、そのシルエットから女だとわかった。いったい今ごろ起きて何をするのかと思って見ていると、女は火に近づき、そのそばに用意されていた薪を火にくべ始めた。私には気づいていないようだった。私は、そのままの体勢でいると、もう二度と起き上がれないような気がして、本当に最後の力を使い体をおこした。その時うめき声でもたててしまったためか、女はさっとこちらをふりむいた。女の動きは静止し、瞬間その横顔が、光にてらされて夜空にくっきりと浮きでた。若く、とてもきれいだと思った。私は、苦痛はなかったが、体中の力がぬけていくのを感じなから、片方の手を彼女に向ってさしだした。女の、はあっと息をのむ音が聞こえてきた。私は何かいおうとしたが、言葉にならず、叫び声になってしまったようだった。そして、力がつきて、私は再び地面にくずれおちた。
 目をあげると、ひびが無数に入ったいやに赤黒くなっている天井が見えた。私は何も着ずに、ベットに横に寝かされていた。シーツが一枚、腰の所までかかっている。両手には、緑色の布がびっしりとまきつけられていた。私の視野に一人の女が入ってきた。
 「あら、気がついたようだわ」と、その女は私の顔をのぞきこむようにして言った。部屋の隅の方から、二人の男がさっと立ちあがった。「なに、ほんとか」
 私の体は、だいぶ回復しているようだった。さっきまで感じていた体のだるさが、今はもう感じなくなっている。体のあちこちから、細い痛みが時々するが、私はむりをして起きあがった。
 「ここはどこなのですか」
 二人の男のうち、年をとっている方が身をのりだした。背は低いが、肩はばはがっしりとしている。その顔にはその苦悩に満ちた生涯・・・私は、その男とこれまであったことはなかったが、なぜか、顔を見ただけでそれを感じとった・・・を思わせる、深いしわがいっぱいにきざみこまれていた。
 「ここは私の部屋だ。私は、この村、エルストという名だが、その代表だよ。昔流の言葉でいうと、村長というものかな」と、ここで一息いれ、私をじっくりと見つめた。「君は戦士かね」
 「ええ、私は戟士です。身分証明書を見せまLようか」
 「いや、その必要はない。さっき、きみの服を調べているとき、見つけた」その言葉を聞いて、私はびくっと体を動かした。
 「服を、服を返して下さい。それから武器もすぐに。戦士以外の人間にはさわらせたくありませんから」
 村長のうしろに立っていた若い男が、ふんとわざと私に聞こえるように鼻をならした。私はその男のほうをにらみつけた。「私は戦士だ」私はベットからぬけだし、村長の前に顔をつきあわすように立ちあがった。私は素裸で、村長の隣にいた女は顔をそむけた。私は、いつも自分の裸体を他人の前にさらすことに 十分な満足感を感じていた。がっしりした骨に、きりっとひきしまったよく鍛えられた筋肉のついているこの体は、私の自慢の一つでもあった。むだな肉はいっさいないのだ。ただ戦うために、敵を殺すために鍛えあげてきた体である。
 「キース、服を取っておやり」と、村長が女に向っていった。女はすぐに部屋を出ていった。
 「私は戦士としての待遇を、この村の貴任者であるあなたに、要求する権利をもっています」
 「わかっている。この村で最上等である、私の部屋をきみにやろう。それから、食事もすぐに運ばせよう」
 「それから、女も」と、私はつけくわえた。すると、それまでにも、何かいいたそうな顔をしていた、部屋の隅にいた若者が、とうとう我慢できなくなったのか、私の方に指をつきだして、「なにを言ってるんだ。 あんたが倒れていたのを運んできてやったのは、このオレなんだぜ、生き倒れの戦士にしちゃあ、いやに大きなことを言うじゃないか。やっぱりオレの言ったとおりだろう。おまえなんか、あのままほおっておけば、死んじまったものを」と叫んだ。私はその男の方に向きなおり、いつでも飛びかかれるように身がまえた。全身の筋肉が、ひさしぶりに緊張する。疲れは完全にとれていなかったが頭の方はすっきりとさえしてきた。
 「やめなさい、二人とも。戦士よ、この若者は君をここまでつれてきてくれたんだぞ」と、村長が言った。私は、村長の方を見て、それから再び男の方に向きなおった。
 「そうか、それは悪かったな。まだお礼を言っていなかったかな」そして、彼に手をきしだした。彼は、おそるおそる手をのばしてきた。私はその手首をつかむと、くるっと、回まわして体の方に引きよせ、そして頭を彼の下腹部に押しあてそのまま体ごと持ちあげ、おもいっきり後ろになげとばした。彼は、悲鳴をあげながら、私の後ろの壁にまともにぶつかり、その壁をつきやぶってつぎの部屋の反対の壁までころがっていった。
 村長は私の前に立ちふさがり、私をにらみつけた。その青い目は、一瞬キラリと光り、それは私をひどくぞっとさせたが、すぐもとにもどった。「もうそのくらいでいいだろう。ちょっとやりすぎたようだがな」
 私は、それには答えず、またベットに腰をおろした。
 私が食事をとっているあいだ、村長はずっとそばについて、私に話しかけてきた。きみは、これからどうするつもりだね。これから?もちろん、これからもずっと戦いつづけますよ。この地球から奴らを追い出すまでは。あるいは、きみが死ぬまでかね。そう、私が死ぬまでです。しかし、そんなに相手を殺して、どうなるのだろう。どうなるかって?あなたは私に戦うのをやめろというのですか。いや、そうではない。ただどうなるかを聞いているのだ。どうなるかって、おそらくどうにもならないでしょう。人類のほとんどは、もう奴らに殺られたも同然ですから。それでは、なぜ戦いつづけるのかね。あなたは、これをだまって知らんふりをしておけとでもいうのですか。あなたがたのような生活を私にもしろというのですか。そうかね、今のような生活も、そんなに悪いものではないぞ。ばかな、人類の伝統は、文化は、文明はいったいどこへいってしまうのですか。奴らは、我々に物を生産することをいっさい禁じてしまった。我々人類は、このままではいったいどこへ行くんですか。だが、私は時々こう思うことかある。文明の発達は、私たちにとってすべてがプラスに働くのだろうか、とね。きみ、いったい人類が宇宙に飛びだしていって、何をしようというのだろう。この地球にやってきた奴らのようなことを、私たちも行なっていたかもしれない。ただある資源がほしいがために、その星の生物全体を敵にまわして戦うのだ。これがどんなに恐ろしいことか、きみに想像がつくだろうか.確かに、人類の数は減ったかもしれない。しかし、消えてなくなるわけではないのだ。いやちがいます。それは敗北主義です。あなたは、なんとかしてこの最悪の事態を自分のつごうのいいように解釈しようとしているだけだ。私は恥辱にまみれて生きていくことよりも、一人でも多くの敵を倒しての死を選びます。もういいでしょう、私を一人にしておいて下さい。それから、女を忘れないで下さい。私がこの村で始めてあった女、そう火をくべていた女です。あれがいい。
 東の空がうっすらと明るみをおぴてきたのが、小さな窓から見えている。私がこの村に入り気を失なってから、ベットの上で気がつくまで、三、四時間しかたっていなかった。私はそれに満足だった。頭痛はあったが、じきになおるだろう。
 コツコツとノックがして、部屋の中に女が入って来た。火のそばであった女だった。化粧はしていたが、顔が青ざめているのがよくわかった。ひさしぶりに見たせいかひどくかわいげに見えた。心臓の鼓動が速くなり、体の隅々に血液が送られていくのを感じた。なんと美しい女だろう。明るい部屋で、近くで見ると、その美しさはますます強く、私の体と心にせまってくる。完壁だった。
私はその姿態をながめているだけでも、これまで味わったことのない、深い満足感を得た。私はそのために、しばらくの間声もだせなかった。私はずっと女の顔を見つめ、女も青い澄んだ冷たく光る目で、私の方を見つめていた。顔は青ざめていたが、なぜか女はおちついている様子だった。
 私はベットの上に腰をかけ、両手・・・いまは、もう包帯をとってしまった傷だらけの手・・・を女のほうにさしだした。女はしばらくためらっている様子だったが、私の目を見つめながら、手の方に近よりてきた。女は、真白な布を肩からすっぽりとかぶっているだけだった。顔以外はすべてその布で隠されていた。女はなおもその冷たい目で、私を見つめていた。私は異様な気配を感じとった。女の体が両の腕の中におさまったとき、女はなにかわけのわからない叫び声をあげて、布の下の手を私にむかってつきだしてきた。その手には、ナイフがにぎられていた。私はとっさに身をかわし、心臓をさされることはまぬがれたが、左腕の上膊部がざっくりとえぐりとられていた。ナイフによって、前をおおっていた布がさけ、胸があらわになっていた。白い布は、私の返り血で真赤になっている。
 女は、なおも青ざめた顔で私に飛びかかってきた。私はよけきれず、二人の体がもつれあったまま床に倒れた。女の体が下になり、むきだしの胸にナイフがささった。
 「なぜこんなことをしたのだ。なぜ、その美しい体を壊そうとしたのだ」と私は苦しんでいる女の体から、一定の距離をおき、血のふきでている左腕をおさえながら言った。女は出血がひどく、顔が青黒くなっていたが、それでもまだ美しさをのこしている顔を私のほうに向けた。整った形の口からも血がしたたりおちていたが、女は最後の言葉をうめくように言った。「な・・・なぜ・・・」
 私は、顔を私の方に向けている女の死体のそばに、じっと立ちつくしていた。理由のない怒りが、私の体の中をかけめぐっていた。泣き出しそうになっていたのかもしれない。体がこきぎみにふるえるのを、止めることができなかった。
 「そんちょおう」と私は、大きな声で叫んだ、あるいはこの女にも聞こえるかもしれないと思って。
 村長は、まるで待ちうけていたかのように、すぐにやってきた。
 「村長、これはどういうことなのです。この女は私を殺そうとした」
 村長は、ただそうかと言っただけだった。
 「あなたが、この女に私を殺せと命じたのですか」彼はなにも言わずに、首をふった。
 「それでは、いったいなぜ・・・」と私が言いかけると、彼は思いだしたように、私をさえぎって言った。
 「彼女は最後になにか言ったかね」
 「ええ、そういえば、『なぜ』と言いました」
 「『なぜ』か・・・」村長は、女のそばにひざまずき、ベットの白いシーツを死体の上にかけてやっていた。
 「彼女は、いったい何のために死んだときみは思うかね。彼女の死の意味を、きみは理解できるだろうか?」
 「私にはわかりません。私に理解できるのは、この女が私を殺そうとした、ということだけです。あなたには、わかるのですか」
 「おそらく真意は、死体にしかわからないだろう。だが、きみと彼女とには、その行動が・・・」そこで言薬を切り、彼は私を見上げた。「いや、君に言ってもしようがないな。それに、もしこうならなかったとしても、この現実に大きな変化は起こりはすまい」
 私の怒りはおさまらなかった。村長との不明療な問答は、私をますます混乱させた。朝日が窓をとおして部屋の中にはいり込み、死体をくっきりと浮かびあがらせていた。女は悲しげな顔で、なおも私を見つめているようだった。なぜ・・・。
 村長は立ち上がり、死体のそばから数歩離れた。私は腕にかかえていた銃を構えると、さっと銃口を村長の胸にむけた。安全装置をはずし、弾を薬室に送り込んだ。
 「村長、私にはあなたが信じられなくなった。この村全体が、私のような者を捕えるための罠だったのではないですか。あの真夜中の火だって怪しいものだ。しかし、私はそう簡単には殺られませんよ」
 「ちがう、それはひどい誤解だな。その武器を降しなさい。いったい、なぜ、そんなに人を殺したがるのだ。きみには人間の心がないのか」と、村長はめずらしく語気を強めていい返した。「きみは、本当に骨のずいから戦士なのだなあ。完壁な殺人機械だよ。完壁だ」 「だまれ」私は、トリガ・ガードの中に指を入れた。引き金は、非常に軽くできている。さく裂弾だから、一発でもまともに当れば、その体はほとんど四散してしまう。
 「まあ、そう腹をたてずに、ちょっと外に出てみないか。安心しろ、私はなにもしないから」と言うと、村長は正面を私に向けたままゆっくりとドアのほうにあとずさりし始めた。自分の胸にぴたりと向けられている銃口には、ほとんど気にならないようだった。私の体は、なぜか凍ってしまったように動かせなかった。彼は完全に外にでてしまって、外から私に出てくるように声をかけた。私の体は、その声で呪いから解かれでもしたかのように動きだした。
 家の外では、私を村長と十数名の人間が待ちうけていた。いや、人間といってもいいのだろうか。両腕のないもの、両足のないもの、両方の眼球をえぐり取られてしまったもの、そのような人々ばかりだった。それらはすべて戦士だった。戦士は、奴らに捕らえられても、その場で撃ち殺されなければ死ぬことはなかった。ただ、その代りに二度と戦士になれぬよう、処刑を受けるのだ。その方法は死刑よりも効果的だったかもしれない。両手を失なったもの、あるいは両足を失なったものの生活は苦しく残酷でもあった。朝日が私をまぶしく照らし出し、戦士たちの顔は太陽を背にしていて、真黒にしか見えなかった。
 「戦士よ」と、村長が私に向って言った。「これでも私たちがきみを殺そうとしたと思うかね。私たちはすべて戦士だ、いや戦士だったと言った方がいいだろう。私もそうだ」村長と戦士たちは、私の方をじっと見つめていた。「いいかね。あの事件は全くの偶然から起ったのだ。きみが偶然にこの村にやって来たようにな。私たちを信じろ。人を信じるという行為は最も難しいことだ、だが楽しいことでもあるのだぞ。君は疲れている。体のことではなくて、君には休息が必要なのだ、いや、すべての人間に休息が必要な時代なのだ」村長のまわりに集まっている戦土たちがうなづきかえした。「戦いはやめろ。戦いはなにも生みださない。それは、休息よりも非創造的な行為だろう。君は、今おそらく最後のチャンスを与えられているのだぞ。もしこのままいけば、あの死体のように、君の胸にも自分のナイフがつきささることになってしまうだろう」
 [だまれ臆病者、我々は戦い続けなければならないんだ。戦士に休息は必要ではない」
 私は、体の力が抜けていくのを感じる。あの村長が戦士だったとは。この村は狂っている、村人はすべて狂人なのだ。
 「もう一度考えなおせないか」と村長が言った。
 「戦士となった人間は、死ぬまでその役を離れられないのを御存知でしょうね」
 私は再び銃を持ち上げた。
 「やめろ」村長はなおも平静だった。「まわりを見ろ。家の中から、街角から、屋上から、全ての銃口がきみをねらっている。私はむだな殺し合いはなんとしても避けたいのだ。相手が君のような人間でもな。私はなんとかして、きみを救ってやりたいと思っていたのだが・・・この村は、きみに用はない。きみも、この村にいる気はしないだろう。さあ、どこへでも好きな所へ行きたまえ。だが、もし疲れたら、休息を取りたくなったら、いつでも戻ってきたまえ。私たちはきみをこばみはしないだろう」
 「あなたたちのような狂人には、私は用はない。あなたたちは、私を、いや人類全体を裏切っているのだぞ。私はここに一時休息を求めにやって来たのだが、かえって疲労は激しくなってしまった。いわれなくとも、私はこの村を出ていく。もう二度とここに戻ってくることはない」
 村長の家の前の庭から道路に出るとき、私はちらっと、いまやとても人間とは思えない醜悪な姿に変化させられた戦士たちに目をやった。しかし、彼らの顔は私の予想に反し明るく、そして彼らは意味ありげな目つきで私のほうを見つめていた。あとでわかったことだが、それは私への同情と憐れみの目だった。

 激しい頭痛のする頭をおさえ、村長や戦士たちや村人たちの同情の視線と油断なく構えられている銃口とを背後に感じなから、私は入ってきたときのように村の柵を越えて、出ていこうとした。だが、私はなかなか柵にたどりつけなかった。まるで、生まれてこのかた、ただ柵にたどりつくためにのみ歩き続けてきたような気がした。氷遠と思われる時間が過ぎ、私はやっと柵までやってきた。そして、その時私は、私の生きてきた目的が達成したかのような、あるいは氷遠にその目的を達成することが不可能であること悟ってしまったかのような、激しい脱力感に襲われた。
 あれは、ひどい村だったな、と私は隣のつれに言った。彼は、私に強くうなづき返す。まったく地球人の中にもあんな奴らがいるとは、なげかわしいことだよ。彼らの言うことがもし正しければ、私のこれまで行なってきた行為は、全く無意味になってしまう。そのとおりだ、と彼が言った。私は堅い石のベットから起き上がった。
 太陽は、西の山々の影に身を隠そうとしており、空には気の早い星がすでに姿をあらわしていた。なあ、いったいあの村を出てから何日くらいたったのだっけ?あの村って、どこの村のことだ。ほら、ついさっきでてきた、腰抜け供しかいなかった村のことだよ。さっきもそのことについて話したじゃないか。しらんぞ、そんなもの。それより前方を見ろ。あれは奴らの宇宙船じゃないか。
 私の立っている場所は少し高台になっていて、前方の草の茂みと不規則に立っている木々の間から、小型の宇宙船がずいぶんとたくさん停船しているのが見えた。その宇宙船の間をぬって、宇宙人たちがゆっくりとゆききしている。奴らはまるで、人間そっくりの外観をしていた。いったいこんな所でなにをしているのかな。奴らのすることは決まっているよ。ただ、人間を殺すことだけさ。さあ、おれたちも奴らを殺してやろうぜ。
 私は、奴らに気づかれないように地面にふせて、そのまま音をたてずに前進し始めた。地面にはいろいろなものがあり、進むのは楽しいことではなかった。しかし、私の心は怒りで燃え上っていた。・・・私はこれまでに何人も奴らを殺してきたが、これほどの憎悪を彼らに感じたのは始じめてだった。しかし、私には、その怒りの理由がわからなかった。いったい、なぜ?
 やつと柵のところまでたどりついた。奴らはまだ私に気がつかず、宇宙船のまわりで、いそがしげに動きまわっていた。茂みを通り抜けるのにも、案外な体力を消耗し私の体は汗でびっしょりとなった。しかし、私は奴らの方にじっと目をすえ、一番楽な態勢をとり、肩の半自動小銃を手に持ちかえた。なあ、これはいいチャンスだな。奴らを一挙に壊滅できるかもしれないぞ。そうだ、そのとおりだ、と私の横にいる彼が言った。いいチャンスだ。これをのがしてはいけない。
 私はその声に力づき、柵の間から、私に一番近い奴に照準を合わせる。不運な奴だ。私はためらわずに引き金を引いた。肩に軽く発射の感覚が伝わってきた。ヒュルルルン。薄暗い空に赤い航跡を残して、弾は飛んでいった。ズバァーン。弾は目標に命中し、中に詰められている高性能火薬が爆発した。目標は声もたてずに、首から上だけを残し、四散した。爆発の熱風が少し遅れて私に伝わってきた。おい、いいぞ、どんどんやれ。彼が私を励ましてくれた。私はうなづき、こんどは銃をフル・オートマチックに切り返えた。奴らは、最初の犠牲者のまわりに集まっていた。私は、そこにいる奴らが全て倒れるまで引き金を引き続けた。自動小銃より少し遅いぺースで弾は銃口から飛び出し、標的に向っていった。数秒間で、その場所に生きている者の影はなくなった。あとに残ったのは、血のソースをかけられたひき肉の山である。
 ・・・なんだかおかしいぞ、目に薄い膜でもかかっているみたいだ。自分の前がぼんやりとしてきて、なにも見えない。大丈夫だ、気にせずに、引き金を引き続けろ。奴らはどんどん倒れているだ。彼は喜んでいるようだったが、私はなぜかそんな気持になれなかった。私は目をけんめいにこすりつけて、痛む・・・そうだ、さっきから痛くてしょうがないんだ・・・頭を右手でかなり強くたたいてみた。いったい私は何をしているんだ。考えるな、奴らを殺せ、殺せ、殺すんだ。いいか、おまえは戦士なのだ。殺すんだ。だれでもいいから。だれでもいいからだって?それじゃあ奴らは、地球にやってきた宇宙人ではないのか?
 私の目はこすりつけられて真赤に充血してしまい、動かすと耐えられない痛みを感じたが、かまわずその宇宙船の方を見つめた。すると宇宙船だと思っていたものがぼんやりと消えはじめ、そのかわりに地球の家が見えてきた、村だ、ここは村じゃないか。そして、私はその村という言葉に、一瞬ひっかかりを感じた。遠い昔に、村で、私は何を体験した。『いったい、なぜ・・・』という言葉が私の頭の中に響いた。
 宇宙船と村がだぶっている方向から、一人の人間がこちらに歩いてくるのが見えた。背は低いが、体はがっしりとしている。顔はまだよく見えなかった。彼はその男の方を指さし、奴を殺せと叫んだ。殺せ、早く殺さないと手遅れになるぞ。手遅れ?それはどういうことだ。私はもう疲れた。人を殺すのに疲れてしまった。よくわからないが、私は前に一度あの男に会ったような気がするんだ。奴は宇宙人なのだぞ。おまえは戦士だ。さあ早く奴を殺せ。いや、私はもういやだ。人殺しはいやだ。私は奴と話す、そして休息をとるのだ。
 ばかな。臆病者め!と私の影は言うと、私から銃をとりあげ、もうだいぶ近づいてきたあの男に銃口を向けた。私にはその男の顔が見えた。そうだ、確かに見覚えのある顔だった。もうすぐだ、もうすぐ全てがおもいだせそうだ。その男も私が見えたようだった。彼は私に笑いかけてきた。そしてすぐに、その顔が凍りついた。動きも静止した。彼は私の方に向って手をあげ、なにかを言おうとした。その時、銃口が火を吹き、彼の姿は、弾のさく裂する音とともに見えなくなった。
 そして、彼は私の方に銃口を向けた。私は命ごいはしなかった。自分自身に対して命ごいをするなんて、ひどい悲喜劇じゃないか。私は、そんな役者になるつもりはなくなっていた。それにこれ以上生きて、私はいったい何をするつもりだ。この世界は狂い始めているのだ。いま、やっとそれが私には理解できた。なんだか、以前にもこんなことをいわれた気がする。しかし、もう遅すぎるのだ。太陽はすでに私のいる反対側の世界にまわってしまい、完全な闇の中で、私に向けられている銃口が瞬間に真赤に輝くのが見えた。


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