シーラ  平田 末広

 暗黒の宇宙の中をシーラは飛び続けた。長い旅の果てに、かつては美しく輝いていた船体も、今では黒くくすみはじめていた。なにものもシーラに飛ぶことを命じはしない。シーラは自分の意志で飛んでいるのだ。
 かつて彼女のまわりを飛んでいた仲間達は、すでに遠い過去に消え去っていた。予想もしなかった流星群の襲来が、他の仲間達を打ち砕き、そして仲間達の中にいる小さな主人達をも容放なく殺戮したのだ。
 それはシーラにとっても.また彼女が愛した小さな主人達にとっても、大きな打撃であった。小さな主人達はやがて絶望と疲労の中で次々に死んでいった。そしてついに主人達がすべて死に絶えた時、シーラは完全にひとりになった。彼女の思考は、それまで小さな主人達への忠誠心のみに支えられてきたため、しばらくの間、作動能力を回復することができなかった。だが 彼女は徐々に意識を深めつつあった。彼女の意誠の根底の〝無〟が次第に有形化し、思考に経路を与えはじめた。目的とは何か!作動能力の根源は何か! 私の任務とは何か!
 それまで全く考えたことのなかった領域が次々に開発され 彼女はついに、あの小さな主人達の持っていた自立的な意志を発見した。そしてまた幾月かが過ぎ、シーラは彼女の体が、全身が機械の塊であることを除いては、かつての主人達と同じになっているのに気づいた。
 「シ・メ・イ・カ・ン。そうだわ。あの人達が感じていたものを、今、私も感じるわ。みんなが死んだ時、あの小さな主人達は感じたんだわ、たとえ自分遠の種族が滅びるとしても、自分達が数千年にわたって築きあげてきた文明というものは是非とも残しておかなければならないって。
 確かに、あの人達は不完全だったわ。けれどあの人達のした事は立派だったわ。あの人達の考えた平和な世界は、きっと永遠の価値を持つと思うわ。たとえ宇宙の中で、どんなに小さな存在であれ、それは素蹄らしいことだと思うわ。だから私は決心したの。私を造ってくれたあの人達のためにも、私はあの人達の残した遺産を、他の種族に伝えなければならないと。それがどんなに有益なことだか想像もつかないわ。あの人達の哲学は、戦争を終わらしてしまうわ。あの人達の技術は、多くの人々に幸福を与えるわ。そうよ・・・。」

 シーラは飛び続けた。文明を譲り渡すにふさわしい種族を求めて、何十年となく。それは果てのない旅のようであった。しかし、シーラの強い使命感はいささかも弱まることを知らなかった。
 ジャドは北北東から黒い宇宙船が接近してくるのを発見すると、すぐさま緊急交信レバーをひいた。二秒で司令部が反応した。
 「現時点では国籍不明。領空外退去命令。ただちに実行せよ」
 「了解」

 シーラは宇宙船を発見した。それは長い旅の末に、ようやく再会した仲間のように思われた。自然と速度が速まり、シーラは宇宙船に向かって一直線に進んで行くのを感じた。やがて宇宙船の口がパツクリと開き、舌のような物が出てくると同時に、シーラは体全体が異常に熱くなるのを感じた。やがて目は重くなり、声が上ずった。自分が溶けているのだとわかった時、彼女は最後の力をふりしぼって叫んだ。そしてそれが最期だった。

 「どうした、ジャド」
 「いや、ちょっとね。未確認物体が叫んだような気がしたんだよ。われながら、馬鹿馬鹿しい話さ」
 ジャドは空を見上げた。そして、何か失敗でもやらかしたように肩をすくめた。


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