壌境保全省  野呂 健太

 もう午近いというのに、空は灰色というより黒色で、太陽の姿はまったく見えない。
 地上は薄暗く、あまりはっきりとは見えないか、動いているものは何もない。車道には、何台もの腐食した車と、発泡スチロールの山とが共存している。歩道との境界には、街路樹の名残りの如きものが立っているが、無論、緑はない。
 このへんは工場街なのだろうか。地上からにょきり生えた無気味に太い煙突が、中空高く黒煙をふき出している。その煙さえ、よくみないと、空の色との区別がつけ難い。
 コンクリートでおおわれた土手からは、この色彩のない風景に色彩りをそえている川が見える。極彩色の・・・。
7色の水と、さらに多彩なアワ。
 川のむこうには、すべての建物が放棄され倒壊した中で、唯一の生気あるビルが建っている。
 その建物の十日ごとにとりかえられる大標札はさすがに新しく、来るはずもない訪問者を待っている。『環境保全省』これが、その標札にかかれた文字である。そこには、大きな垂れ幕さえかかっている。
 『GNP世界第一位獲得万才!』
 雨がふり出して。硫酸の雨は、発泡スチロールの上にも、七色の川の上にも、環境保全省の上にも、平等にふりそそぐ。大標札も腐食して、明日はとりかえねぱなららないであろう。
 「壌境保全省。地上視察報告書第237号」(抄録 地上の空気は依然として呼吸に適さない。地上の生命体に関しては、現在各地区の土壌の分析をいそいでいるが、少なくとも肉眼による可視生物は全国的に見あたらない。地下において温存している植物は、極めて少なく、かつ、放射能による奇型が多いため、外国からの輸入にたよらざるを得ないが、各国とも、我国への種、苗木の輸出を禁止している関係上、輸入は著しく困錐であろう。しかしながら、植物の獲得、育成は我国の生命線であり、空気浄化の必要上からも、武力に訴えてでも、植物を手中にすることが必要であり。国防軍の出動を要請するものである。
 (中略)
 なお、工場からの、有毒ガスの廃棄は、なるべく滅すことがのぞましい。
 結局、国民の地下住居への安住化をおしすすめるのが、環境保全省の役割であろう。


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