地獄哀歌

 はあ、私が地獄観光協会から派遣された者であります。なにか、今日は、地獄の現状についてお話せよ、と聞いてまいりましたが。そうですか、では、やらせていただきます。
 地獄はまったく堕落いたしましたねえ。我々の如き昔からの居住者にとっては 腹わたの煮えくりかえる思いでございますよ。昔の亡者は、この地に着くと、恐怖でもう一度死にそうな顔をしてしたものです。ところがあなた、今の亡者どもは第一声で、「オオ!なんと清浄な空気だ。」と、こうでございますよ。それはたしかに地獄の空気は、亜硫酸ガスだの、オキシダントだのはふくんでおりませんよ。でもね、万人のおそれるべき地獄にきて、よろこびの声をあげるとは、あまりに失礼じゃないですか。地獄の尊厳に対する侮辱ですよ、それは。

 どうぞ、御遠慮なくお召し上り下さい。この牛乳。これについても、実に悲しむべき話があるんでございますよ。ポロポロポロ (涙のおちる音)十年程前のことでした。牛頭の女房が子供に乳をあたえているのを,ある悪党亡者が見ましてねえ、牛頭の子供をひっぺがして、自分でのみはじめたんでございますよ。そして、BHCも、放射能もふくまれていない牛乳がのめるとは何たる奇跡!と叫びまして、牛頭の女房を何人か拉致しまして、株式会社牛頭牛乳を設立してしまったのですよ。まったく なんたることでしょうか。この牛乳も 実はその会社のものです。でもあなた、牛頭と申しましても首から下は人間と同じでございますからねえ、乳しぼりは、それはワイセツなものですよ。女牛頭は、悲鳴とも嬌声ともつかない声をあげまして、ええ。エッ、乳しぼりの担当者ですか。それは、地獄サディズム協会の亡者がやっております。実にうれしそうな顔なして。
 牛頭馬頭の再就職先といいますと 牛頭のほうが、若干名が牛頭牛乳で種牛頭をやっているほかは、大概、亡者マゾヒズム愛好会で働いております。なにかこの前、馬頭の一人が、そこでこう言われたそうで。「君たちは、技術は下手だが、容貌がおもしろいから雇ってるんだ」
 それは、交通地殊における自動車にくらべれは、牛頭馬頭に迫力がないのは当然でしょうが、この言葉は、地獄の獄卒にいうべき言葉じゃありませんよ。可愛そうに、その馬頭は憤死してしまいました。こんなことは、地獄始って以来ですよ。それにしても、地獄で死んだら、どこへ行くんでしょうね。死後の世界はくわしいつもりでしたが、さっぱり、わかりません。
 針の山の針は、針療治が公害病に効くとかで全部ぬかれてしまいましたし、血の池は、輸血用と、タンパク質製造の原料とに使われてひあがってしまったこの地獄は通勤地款だの、入試地獄だのを経験してきた亡者には、天国と思えるでしょうな。実に、なげかわしいことです。

 私もできましたら、「失なわれたよい地嶽」の王程度の、終り方はしたい、と思っているのですが・・・。でも、こんな私でも地獄再生の秘訣を一つもっているんです。お話ししましょうか。佐藤栄作という人に 私の後任をやってもらうのですよ。そうすれば、どんな条件の下でも、亡者共が再度、苦しみ出すのは必定です。なにしろあの人は、その方面にかけては、日本国の首相などさせておくには惜しい程の天才ですから。私の名前でございますか。おかしいな、まだお話ししていませんでしたか。私は、お恥ずかしいながら、これでもかっては、閻魔天王と呼ばれていたものなのです。


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