英雄

 君は、地に叩き付けられるようなショツクを突然、感じて目覚める。暗い、室とも、どことも、見当のつかぬ所に君は、横たわっている。あわてて、跳ね起き、目を擦り、もう一度見回すが、そこには、花のような静寂と暗黒な世界が広がっているだけ・・・。
 何も聞えない。本当に、耳を澄しても。何も見えず、何も聞えない。
 君は、出口を捜そうと、ふらつく足取りでそこの中を歩き回るが、何も、何一つ見附けることは、できない。柔らかい、綿のような感覚を、足の裏から感じとることができるだけだ。君は、こんな所を、全然知らない。入れられるような覚えもない。
 君は、助けを呼ぼうとする。だが、どうしたことか、舌が自由に動かない。
 悪夢だ、と君は思う。しかし、この気分の悪さは、夢の中で、感じることができるだろうか。君は、胸のむかつくような気持ちと、恐怖に堪えかねて、思わず、動物のような叫びをあげる。

 わたしは、君の叫びを聞いた。そして、おもむろに、手元のスイッチを押す。こちらの声が、君の所まで、聞えるはずだ。
 わたしは、君にこう話しかけていいのかわからない。実際、何と話していいのか・・・。いずれわかってしまうことだが、今は、君の気持ちを高ぶらせるのはよそう。いつものとうり、いつものように、わたしは、君に話しかける。
 ねエ君、どうだい、気分は・・・?君は、そんなことよりまず、今、どこにいるかを知りたいだろうね。教えるのは後にしよう。まづ君が、もう二度と再び、罪に問われないことを知らせる。君は、もう罪人じゃない。それより、我が母星の歴史の本に名をつらねるほどの英雄だ。
 こうなったら言ってしまおう。君は、ある惑星上にいる。もちろんわたし達の星じゃない。わたし達の恒星内の惑星でもない。君がこれからずっと住みつく所だ。大気も、大きさも、ほぼ同様だ。わたし達の星と・・・。君の気分の悪さは、そういう訳なんだよ。もう一つその星に生物が、いたときの用心に、そこから百キロ以内にいる知能の高い生物と同じ姿になっているはずだ。ロケットの内部にそういった機械が仕掛けられているらしい。この計画は、わたしがたてたものじゃないから重用な所は、全然、教えられていないんだ。ただ偶然にこのことを知ったわたしは、君を罪から助けるために、この計画を手伝った。恨まないでくれよ。あのままでいけば、君の死刑は、確実だったんだから・・・。
 ただ一つ条件がある。その星の様子を報告してきてほしいんだ。他の惑星に行くということは、新しい全く初めてのことだし、もしわたしたちが、十分住めそうならば、いずれは、移住しなくては、ならないだろう。ただし、君は、もう星に戻ってくることはできない。惨いようだが、命が助かったということも考えてくれ。決して、一方的では、なかったと思う。
 後、三十秒たてば、君は、外に出られる。

 君は、わたしの声を聞きながら、思い出したくもないことを思い出して項垂れる。しかし君は わたしの言った言葉のほうが気にかかっているはずだ。<その星の生物と同じ姿になっている>・・・そんなことは、決してできないはずだ、今の技術では・・・君は、そう考え、心を落ちつかせようとするが、もし、手が五本ぐらいある怪物のようになってしたら、と思うと、いてもたってもいられなくなる。
 そのとき、君は光を感じる。ふと見ると、いままで、君が中にいた乗りものは、音もなく溶けていく。ただ一つ、草むらに隠れるほど小さな通信装置を残して・・・。水のように透明な液体が光を反射させながら、草の間を流れてゆく。こんなものが発明されていたということを君は、知らないはずだ。もちろんだれも知らない、この計画に参加していなければ・・・。
 君は、その乗り物が溶けてできた水たまりに姿を映して一瞬、息をのむ。なんという酷さだ。こんな姿になってまで生きていたいと思わない。君は、絶望し、死刑になってでも、自分の星で死にたかったと思う。君は、まだ、星の見えぬ空を見上げて、悲しげに呟く。
 「何であんなことをしたんだろう」だが君の声は、世にも不思議な、噺きを響かせたにすぎなかった。
 ふと目をそらすと、君と同じ姿をした、それが、いくつか近づいてくる。その背に乗っている奇妙な四角い、にぶく光るものは、君を見つけ、奇妙な言葉を呟いた。それは、君にとって何の意味をも持たなかった。
 「A15地区。円盤ラシキモノガ降リタトノ連絡ガアリマシタガ、馬ガ一頭イルダケデス」
 「また、いたずらだな」すぐパトロール装置の近くにいるやつと連絡をとって、変ったことはないか、捜査してみてくれ。自然保護地区っていうやつは、密猟者が多くて困るよ」


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