夢  山田 美根子

こうしていても時の足音がきこえます
ああ、きつとあたしはもうすぐ
気が狂ってしまうんです
そしてきっと、真っ白い昼間の中で
過ぎてしまった時のかけらを
ひとつひとつ高い空にふりまいて
わすれてしまうんです
ああ、ほらもうすぐ
もうすぐです・・・

その1
レモンを切ったら
フクロがなく身ばかりだったこと

その2
ガラスのレコードが
みぞにそってわれ
何千枚ものうすいセロファンのリボンのよう
に光りながら
落ちたこと

その3
授業がつまらないので
ぬけ出して
ガケの上の森の
木の上をとびまわって
高い木のてっぺんから
青い電車の通るのを見てから
授業に帰ったら
教室がクツ屋になっていて
生徒はみなすみっこの方に
ならんでいた
クツのたなには
紺色のエナメル皮の
クツが多く
どういうノわけか、十四というのが
目についた
ゆかはプラスタイル、黒板

その4
まぼろLを見せる力がそなわり
太った友人に幻を見せていたら
やせた友人が来て
木の上につれて行かれたので
太った友人を幻からときはなし
やせた友人と幻であらそう用意をした
テラスのようなさくのある廊下の外は
太い木に細いツタのからまるジャングルで
空は明るくうすい青だった

その5
空が飛べた
どういうわけか高い高い所へのぼってしまい
風にふき流されて
目の下が港や大きなビルの街から
海へ出てしまった
下が海ばかりなので不安だった

やはり空を飛んでゆくと
草原に出た
ひどく低く飛び
自分の影が縁の上に
くろぐろとうつるのをみた
少し高く飛ほうとしても飛べず
どんどん地面に近くなる
悪い者達がおいかけてくるが
少しも早く飛べず
ますます地面に近くなるが
悪者にはつかまらない

その6
大きな木のはえた曲り角
目的地迄は遠く
出て来た所からも遠い
何か急にせまられた用があり
いっしょうけんめい歩いても
まだまだ道のりがある
空がたそがれて来る
少年がむこうから歩いて来る
私も少年が来る方に歩いているのに
少しも距離がちぢまらず
やはり同じ間をおいてむこうから
歩いて来るのが見える

その7
人の住んでいない洋館を
しらべに行こうと数人で行く
ツタがからまってとても高いカベ
後の森は黒に近い緑で
足音がすいとられるように静か
誰もいなくなって
ふちの青いすき通ったものが
どぶの中から出て来る

その8
姉(えみこという)と母と私の三人で
田んぽの中の細い道をいそいでいる
夜である
ひどく心細い
姉は私の黄いカーディガンを着ている
かたの所にスミか血のようなものが
ついているのが夜目にもはっきりと見える
ひどく細い急な坂道を
どんどんどこまでも上ってゆく



その9
市電(又は電車)に乗る
どうやら車庫へむかっているらしく
人が乗っていない
外を見ると
知っているようでぜんぜん知らない街
線路がたくさん交差している道で
止ったので、おりて
角の本屋で新しく出た
少女週刊誌の創刊号を買う
またいそいで乗る

その10
ひどく高い所に有る
電車のホームでおりる
駅の名も分らないが
大都会だ
ピルが林立し、スモッグにけむっているが
なぜか駅の中は
日の光による影と光の部分が
ハッキリしている

その11
何かひどくいそぐ
大切な用事が有って
ある人の家にかけこむと
人がいなくて
茶の間に緑色の
めざせし時計がおいてある
どこといって変哲のない茶の間だが
いやにその時計が目につく
ほんとうはその時計は
時限爆弾で
あとほんの少しで
爆発するので
小柴がきの細い道を
いちもくさんに
にげて帰る

その12
どこの国かわからないけれど
レンガづくりの建物
戦争中である
六、七階建ての建物にいた
私達は
近くの石づくりの建物に
ひなんするようになる
建物にいた人間がどっと
階段にあふれ出た所に
遠くから爆撃機の音がして
間もなく飛行機が姿を現わす
我々はレンガしきの道路や
駅の待合室のように
イスのたくさんならんでいる所を
かけぬけて
飛行機の機銃掃射をのがれる
我々が逃げ込んだ
石造りの建物は
なぜかひどくもろくて
窓が大きく
四方に窓が有るので
飛行機から丸見えなので
大変おそろしい
低空飛行で窓から銃をうちこむ
床にたまのあとがめり込んで行くのが
はっきりと見える
私達はすみの方に逃げまわって
ふるえている
あとでその弾を見ると
コルクのせんだった
低く雲がたれこめて
雲の上に遠く爆撃機の
エンジンの音が重く聞こえる


戻る