貌   島内 勇

 私、とても悲しゅうどざいます・・・この身にふりかかった不運をはらえたらと思いますと・・・。
 いえ、私、あなたがお思いになっている程、歳をとってはおりませんのよ・・・。還暦だなんて・・・あなたには、私がそうお見えになりますの・・・。信じては、いただけないでしょうけど、私二十そこそこなのですけど・・・いえ本当。

 そんなに私の顔を凝視なさらないで下さい、気狂いじゃありません ドンデンカカリアって御存知かしら・・・いえ・・・知らなければそれでも結構なんです。人間が植物になる話ですわ。
 私は・・・こう申してはなんでございますが、数ヶ月程前までは人様から綺麗だと言われ、自分でも相当自信のあった方なのでございます。
 まあ、何て不思議そうを顔をなさっているんです・・・。今、あなたが御覧になっているこの貌ではなく、二十の、それこそ水々しく張りきった頬をもっていましたわ。私そんなに醜怪に見えるでしょうか・・・。嘘でもそうおっしゃっていただくと嬉れしゅうございます。

 そう、あの頃は、銀座のK社のモデルをしていましたわ、御存知でしよう・・・、有名な化粧品会社ですものね。
 お勤めの関係上、美容にはたいへん気を使うほうでしたわ、ふんだんに化粧品を用いて磨きあげましたわ・・・。それはもう宝石に曇りがつかない様に気をつける如くに・・・。
 私にはライバルがありました・・・芳子さんといって御綺麗な方でしたが私の眼から見れば、それは教養や素養とは無縁の上品さからはかけ離れた美しさしか感しられませんでした。
 女の欲、それとも業とでも言うのでしようか、ある夜、鏡を見ながらふと思ったのです・・・、私の今の美しさでは芳子さんには勝るけれども、あの芳子さんに知性の美しきを加味した方が現われたら・・・。そう思うと矢も盾もたまらず、ある知人に教えてもらった美容法を行なおうと想いたったのでございます。
 
 手法は簡単で貌を長い間熱湯に浸け、コールドクリームを満した洗面器に埋める、それだけだったのです
 言われた通りに行なってみましたところ、なる程、鏡に映った貌は今までよりも一層滑らかな肌に成り、潤いのある貌になっておりました。見ると洗面器のクリームに薄皮が残っているじゃありませんか、私はどうかしていたのに速いありません、歓喜して、何度も繰り返し繰り返し、その度に目に見えて美しくなっていたのでございます。
 
 何やら貌が強張る様な気がいたしまして、気がつくと大層鏡の内の私が老けて見えます
 目の錯覚かとも思いましたがそうでもございません。冷たい手で心の臓を掴まれる気がしてもう無我夢中になって温水、コールドクリームと、息を次ぐ間があればこそ、手にすくい取っては貌になすりつけました。
 人にはそれぞれ歳の貌と言うものがあるのですわね・・・。壱齢に一枚、貌の皮がすりきれて、某の下から新しく歳にあった皮が表面に現われて来るのですね。
 私は都合、四十枚ほどの貌の皮を数時間ではぎとってしまったのです。今さらくやんでも仕方がありません、その時自殺しなかったのは、私自身が臆病だったからに他ありません。

 老婆はさみしげに笑って席をたっていった。
 私にはその腕や、目に見える肌が何とも若々しく張りきっている様に思われて仕方がなかった。 




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