はじめまして③ 馬目 章子
自己紹介文をどうしても書かなくてはならないと言うことは、朝早く起なさいと言われることより辛いことのように思われます。
そこでなんでもよいからと言うことで、私は今でも不思議に思っている思い出の中の、とても女の子らしい十九才の時の話の一つをしてみようと思いました。
それは丁度私が短大の最後の夏休み、だれもが最後の学生生活の思い出として旅行しましたように、私も友達三人と沖縄へ行った時のことでした。私は確かに見たと今でも信じていることなのですが・・・船の甲板の船尾の方でのことです。船の中というのは時として、とてもロマンティックな場面の起る所です。私達三人の中に、とても小柄ではありますが真直を黒い髪を長くしたとてもチャーミングなマコという女性がいました。
丁度その時一緒に乗り合せた中にフィリッピンから来たというバンドの人達と乗り合せ、その中のひとりに、彫りの深い顔だちと、美しい目をもったレイニィーという男性がいて、よくありますように、たちまちそのレイニィーがマコを一目で好きになってしまったのです。寝てもさめてもマコマコとマコの後をいじらしいほどに追っていました。
そして、その日もマコの為にギターを静かに弾きながら、囁くように歌っていました。
マコは余りよく通じない片言英語で、隠れては出、隠れては出るお月様を見て、レイニィーに、あのお月様は〝 いないいない、バー〃をしているのだと、大きな目の上に手をのせては、バーをレイニィーに見せていた時のことでした。
そんな時、あの不思議なことを見たのです。その時の記憶がノートの片隅に、こうかいてあるのを見つけました。
弓なりに続く水平線
夜は海の青さと空の青さが溶け合いました。でもその時が時々、微かに白ずんで見えることもできました。
海はとても穏やかです。
突然、どうしたことでしょうか、その隙間から、黒光りのするつややかな長い髪を腰までたらした女が、やっとのことで、その隙間から抜け出すことに成功しました。
満月でした。
海はとても穏やかです。
月は瞬きで海に一本の細い道を作りました。黒い髪の女は嬉しそうにその道に這い上ると、いかにも喜びにあふれたかのように、踊りまくりはじめたのです。その雫のような体をくるくると回しては飛び跳ねるのです。
そののち、それに飽きたのでしょうか、きらめく海の中に飛び上っては沈む飛魚めがけその背にヒョイとまたがると、眩くきらめく海にむかって、舞い上り、また沈み、また舞い上り、艶やかな黒髪を冷たい夜風になびかせ飛び回るのでした。
海はとても穏やかです。
どのくらい時が流れたのでしょうか、女は何を考えだしたのか急にやめると、飛び上ろうとする飛魚の背びれをギユッとつかみ、突然飛魚を空高く舞い上らせたのです。
飛魚と女は信じられないほど空高く舞い上り、あっという間に月にグサリとめり込んだのでした。
突然、月は海に落ちました。
私は船尾の一番末端に積まれている荷物の上にしゃがみこみ、ぼんやり見ていました。それは一瞬の出来事に違いなかったのでしょう、確かに・・・私の友達は知らないと首を横に振りました。私は冷たくなった体に腕を回し、船が遠く遠く進み、水平線近くまで長く消えることのない一本の航路を見つけました。
レイニィーの歌声が夜風にのって聞こえます。
海はとても穏やかです。
とこんな風に書いてあるのです。今では思い出話として信じている話なのですが、今だ誰にも話したことのない思い出話なのです。
自己紹介文とはほど遠い、SFとはまるで関係のない、ただの思い出話で私の自己紹介を終ります。そして、これでもSFの雑誌にのせていただけるのですから、私の不思議に思う思い出話がまたひとつ増えることになるのですね。