ボクは英雄なんだ!!  川田 公

※現在では、問題になる言葉使いがありますが、作品のオリジナリティを尊重して原文のまま掲載しました。

 「ボクは、人類を救ったんだ」こう言うと、皆が、ボクの顔を軽蔑のまなざしで、じっと見詰めるんだよ。「こいつ、馬鹿か、さもなきゃとんでもない法螺吹きだなどと、思っていることが、ボクには、ひしひしと感じるんだ。そのたびに、ボクが、どんな惨めな思いをしているか、とても書き表わすことなんかできないくらいだ。でも、これは本当なんだ。それなのに、誰も信じてくれないんだよ。
 とにかく、始めからお話ししたほうが、いいだろう。ボクは、川田公(これでカワダイサオと読む。へンチクリンな名だと思うかもしれないが、文句は親のほうへ言ってくれ)という一人の高校生である。現在2年で、もうすぐ3年になる予定である。(もちろんこれは、落第しなければの話で、嘆かわしいことに、この事件のおかげで、とうてい及第はおぼつかなくなってしまった。そんな高価な代償を払ってまで、人類のために尽したのに、法螺吹き呼ばわりされるなんて、こんな馬鹿なことがあっていいのだろうか?)うちの学校は、有名だから誰でも知っているはずだが、希望ヶ丘高校という。(なにしろ、年平均一人も東大に入学するという由所ある学校である。)
 この事件は、去る一月二十六日に起こった。ポクはいつもどおり八時四十七分に、相鉄希望ヶ丘駅についた。(この時間は、授業が始まって十分ほどたったころに学校に着く計算になるから調度いいのである。そうでなければ、一学期四十六回、二学期四十五回というクラス最高を誇る遅刻記録を樹立することはできなかった。)
 そして、道をのんびりと歩き始めたんだ。すると、後から一人の男がついてくる。もっとも、このときはまだその男にポクは注意を入っていなかった。それにその男にボクが注意を払っていたら、ボクはこんな事件に巻き込まれるはずはなかったんだよ。なんといっても、ぼくにはテレパシーがあったのだから、そんな男の考えていることぐらいすぐに読みとれたはずなんだ。でも、そうしたら人類は助からなかっただろう。
 とにかく、幸か不幸かぼくはその男のことを考えていなかった。そのとき、ポクは、やってこなかった数学の宿題のことで頭を悩ましていたのである。ぼくが、その男の存在に気づいたのは、ボクの背中に固くて冷たいものがおしつけられたときが、最初だった。ボクは、初めそれが友だちの冗談だと思った。それで、そんなくだらないことをするのはだれかと思って、そいつの頭の中を覗いてやった。とたんにボクはとびあがった。なにしろそいつは地球人じゃなかったのである。(SFファンの人なら、これを信じてくれるでしょう。ぼくは、今まで話がここにさしかかると、いつも笑い者にされてきたのです。お願いだから信じてください。それでないと、ボクは、いったいボクは、どうすればいいのでしょう。
…しかし、ここでぐちをこぼしてもしょうがない。話を進めよう。)
 その宇宙人はアルタイルの第四惑星から来たらしかった。アルタイルというのは、鷲座のアルファ星であったと思う。ほら、七月七日に年に一度の出会いをするとかいう物語のヒーローのほうである。ヒロインのほうは、ヴェガといって、琴座のアルファ星である。 アルタイル人どもが地球に来た目的は、いわずと知れた地球征服である。ウェルズの宇宙戦争を読んだことがあるだろうか?クラツシックSFはあまり好きではないのだが、ボクもこれは読んだことがある。アルタイル人は、あの小説の火星人のようなやぼったい姿はしていない。ぼくの前に表われたアルタイル人はもちろん変身していたわけだが、本国にいるときの彼らの姿もわれわれとそう違いはない。頭と胴に相当する部分があり、それに付属している各種の器官の配置も人間とそう変わりはない。ただ、足に相当する部分がないのだ。そのかわり体側から腕のようなものが地面まで伸び、それでからだを支えているのである。ただ、この腕は、からだをささえるだけでなく、れっきとした腕の役目をもする。普通、アルタイル人は二本を体を支えるために使い、もう一本を別の用事に使っていた。彼らと人間とではそれ以外には大きな相異はなかった。生理的な機能については、ボクのように生物の時間いつも眠っていたのでは、せっかく彼らの頭の中から盗み出したところで、全くチンプンカンプンであった。生物学者のかたがたには、不運だったと思ってあきらめていただきたい。(あとで、友だちにこの話をしたら、野郎、ボクになんと言ったと思う。「それじゃああ、その宇宙人おまえとそっくりじゃないか」だってさ。この言葉に含まれている皮肉、わかりますか!)
 さて、そのインベーダーだが、テレビのと違って小指が動ないなんてことはなかった。だいたい、おかしいよね。あれだけ有能なやつらが、小指を動かすことぐらいできないはずないんだよ。物語を展開するうえでインベーダーを発見する方法がないとこまるから作者が無理にああいうふうにしたんだよ。だいたいテレビなんてものはインチキだと後でしみじみ感じたものだ。
 ところが、そのときはしみじみどころの騒ぎじゃなかった。なにしろ、そいつはボクの背中に銃かなにか得体の知れないものを突きつけているのである。そいつはぼくに低く一言いった。
「知らん顔して、まっすぐに歩くんだ。誰か知っているやつに会ったら、おまえのおやじだと言え。」
 こんな状態で逆らったら、どんな目に会うかわかりはしない。しかたがないのでおずおずと歩き出した。こんなとき、テレビや映画だと、かっこよく敵の武器をふり向きざまにたたき落とすところだが、現実はそううまくいくはずがない。それに、ボクの場合テレパシーで相手が何に注意を払っているかわかるわけで、テレビや映画の主人公より遥かに有利なのだったが、この怪物さん、そんなに簡単には注意をそらさない。結局、たった一度のチャンスもなく、やつらの隠れ家まで連れて来られた。その間、知っているやつには一度も出っくわさなかった。
 やつらの隠れ家といっても、外見は普通の家と変わらない。その上、ボクのほうは、恐くて恐くて歩いて来た道など覚えていない。だから、今、その家がどこか教えろといわれても無理なのだ。それに、あいつらがいたという証拠があっても、やはり信じようとはしないだろう。でも、その家さえ覚えていれば、あるいは、ぼくの話に耳をかしてくれる人がいたかもしれないと思うと残念でならない。
 家の中には5人のアルタイル人がいた。ボクを連れて来たやつが、何か言おうとしたが、その真ん中のやつがうなづいたので、だまってしまった。ボクは早速そいつらの頭の中を覗いてみた。どうやら、真ん中の威張りくさったやつが隊長だとわかった。それで、ボクは、おもにそいつの心を読ませてもらうことにした。アルタイル人の世界ではスパイは・・・つまり、ボクをここに連れて来たような連中のことだが、・・・下っぱも下っぱで、日本でいえば非人みたいなものだった。だから、ボクは隊長に会って初めて、やつらがボクを誘拐した理由を知った。やつらは、それまで地球に隠れ家を作ったり、スパイを潜入させたりで急がしく、入間の能力や心理を研究するひまがなかったのだ。それで、今度ボクがそのテストの対象に偶然にも選ばれることになったのだ。(偶然と書いたが、実はボクを選んだ理由がまったくなかったわけではない。彼らとしては、なるべく危険のないようにできるだけまぬけなお顔をした入間を選んだつもりなのだ。まったく、なんと貧弱な識別力か!!ボクは、彼らがあわれに思えてきた。「能ある鷹は、爪を隠す」と、いう諺を知らないやつはこれだから困る。)
 ボクらは、しばらく睨みあっていた。地球では、7月7日に彼らの星にお祈りをしてやっているのに、向こうでは地球征服を企てていたかと思うと腹が立ってきた。ボクは、このとき、七夕などという行事は、決してやるものでないと誓った。ヴェガのほうからは、まだなんの音沙汰もないが、どうせ良くないことを相談しているのに決まっている。この睨みあいの途中、突然、彼らの後ろにあったテレビみたいな機械が光り出した。よく見ると、一人の女の顔が現われている。ボクのほうをちらっと見て、隊長によくやったといった。それから、横浜の本部で会議があるという旨を伝えた。ボクは、その女が何ものか知ろうとしたが、相手がテレビ電話ではお話にならない。しかたがないから、隊長から、その女が地球征服軍の副司令であることを知った。隊長は、この連絡があるとすぐ一人の部下に見張をいいつけて出て行った。だが、ほかにも3人、別の部屋にいることはテレパシーで知っていた。もっとも、その部屋との間には音波を遮断する装置があったので、さしあたっての問題は、この2人の見張りをどうするかだけだった。
 そいつらは、恐ろしい目つきでポクを見つめていた。隙がまるで無い。ボクは、そいつらの注意をそらすために、あたりさわりのない話をおっかなびっくり切り出してみた。ところが、この怪物ども、おざなりにうなずいたり返事をしたりする程度で、よけいに警戒心を強めるだけだった。結局、こいつらを相手に睨めっこということになってしまった。
(しかし、あちらさん、ユ−モアのセンスなんか持ちあわせていないんだから、ダルマ相手のほうがよっぽど勝ち味があるよ。)
 一時間もたつと、2人のアルタイル人も、さすがに疲れてきたのか、時々注意をそらすようになってきた。ボクは、いよいよチャンスが近ずいたなと思い、心の中でほくそえんだ。やつらを殴り倒して、ここから脱出するんだ。別に彼らが、ボクを使ってするつもりだった実験が恐かったからではない。それは、それほど恐ろしいものではなかった。問題はそのあとである。彼らは地球征服のあと、人類を食用に飼育しようと考えていたのである。その最初の犠牲者が、ボクであるのは当然だ。ボクは、他人ならだれが喰われようと我関せずだが、少なくとも自分がスープにされるのはごめんだった。(もし、ボクが人類を救わなかったら、ボクを法螺吹きだと非難したやつらだって、今ごろは鍋の中だったんだ。バカヤロー!少しは感謝しやがれ)
 いよいよだと思っていると、チャンスはなかなか到来しないものである。そうこうしているうちに、あのテレビ電話がまた光りだした。隊長の顔が現れると、会議が終わったからすぐ帰るということを二人に伝えた。それを開くと、二人は顔をみあわせてニコッとした。ボクが、アルタイル人の笑うのを見たのはこれが初めてだった。しかし、そのときは、彼らが笑ったのを四の五のいっているときじゃない。いよいよチャンス到来である。隊長の顔が、ブラウン管から消えるや否や、ボクは、見張りの二人に飛びかかった。
 手前のやつを思いっきりなぐりとばす。それにしても、もう一人のすばやい動きに驚いた。このアルタイル人てやつを敵に回すと恐ろしい。なにしろ、一人を殴り倒して、間髪を入れずにもう一人の腕を蹴り上げたときは、もうすでに銃でボクにねらいをつけていた。しかし、とにかく一秒の何分の一かの差でぼくのほうが早かった。銃からほとばしった光線は、左耳5センチメートルのところをかすめ過ぎ、銃はアルタイル人の手から離れて、床にころがった。それから、そいつの顎に一発お見舞いして、続いて最初のやつを蹴とばす。ボクの右足がそいつの腹にめり込み、ボクはアルタイル人が、苦痛の呻き声をもらすのを初めて開いた。それから、後頭部をしたたか殴れりつける。そいつは、よろめいて床の上にドサりと崩れ落ちた。ボクは、テレパシーを最大限に働かしていたので、もう一人が、床に落ちた銃に走りよるのを感じた。そこで、急いでそいつのところへ駆けつけ、そいつが銃に手を伸ばした瞬間、腹を思いっきり蹴っとばした。ボクが、大急ぎで銃を拾いふり向くと、最初のやつは、さっき倒れたばかりだというのに、もう起きなおって、銃をかまえようとしていた。だがこんどもボクのほうが少し早かった。ボクの銃から出た光線は、一瞬にして敵のからだを貫いた。相手の銃は、頭の遥か上の天井に向かって光線を吐き出した。しかし、天井がとんな物質でできているか知らないが、その天井はまったく無傷であった。ボクはもう一人に注意をもどした。すると、そいつは、警報スイッチのところへ駆けよるところだった。それを鳴らされると、別の部屋の三人に気づかれてしまう。ボクは、がむしゃらにそいつをねらって銃の引き金を引いた。
 光線は、運よくアルタイル人の頭を取らえ、そいつはその場にぶったおれた。
 別の三人をテレパシーでさぐってみると、彼らは、事態に全く気がついていなかった。これなら、当分、安全である。ボクは、すぐ出て行こうとしたが、ちょっと興味がそそられることがあった。つまり・・・ボクの馬鹿さかげんを証明するようで、いいにくいんだが・・・そのアルタイル人が、テレビのインベーダーのように消えるんじゃないかということである。それで、しばらく見ていたのであるが、いっこうに消えなかった。その代わり、ほかのことに感心した。別に、彼らの人格にではない。彼らの科学技術と抜け目のなさにである。その死体、血もちゃんと出ていたし、からだの表面なんかは人問そっくりでうすく毛がはえていたし、爪、指紋などもあり、完全な人間として、充分通用しうるものだった。ただ、おもしろかったのは、ぼくが殺した一人の指紋が、そっくり同じだったことだ。
 数分の間、ポクは、自分の殺したアルタイ人を穴のあくほど見つめていた。そして、宇宙人の姿が消えるようなことがないのを一応納得して、外へ出て行こうとした。ボクはドアのところへ行って、ノブに手をかけ、ぐっと回して外側に押した。
「しまった!」ボクは、思わず叫んだ。ドアはがくともしなかった。押しても引いても、果はぶち破ろうと思って体当たりまでしてみたが、所詮、無駄なあがきにすぎなかった。ぼくは途方にくれて、銃を床にたたきつけすわり込んだ。いつ、あの隊長がもどってくるかわからないし、家の中にいるやつらに発見される危険もあった。ボクは、もうどうにでもなれという気持ちだった。
 そのとき、急に解決策が浮かんだ。これを読んでいる人は、ボクをとんまだと思うかもしれないが、実際、ボクはそのときまで、光線銃を使うことを思いつかなかったのだ。(でも、あんな状態に追い込まれるとそんな簡単なことさえ思いつかないものなのだ。嘘だと思うやつは、一度宇宙人に喰われそうになってみるといいや)この考えが浮かぶや否や、ボクは、あわてて銃を拾い上げ、ドアの錠に向け引き金を引いた。光線がほとばしる。しかし、ドアは何の損傷も受けなかった。ちくしょう!あの天井と同し材質のもので作られているに違いない。だが、そんなことにくよくよしているひまはなかった。ほかに方法がない以上、のるかそるか、とにかく撃ち続けるしかないのだ。
 長い時間が経ったような気がした。やっと、ドアが溶けだす徴候が見えた。ほっとして、時計を見ると三十秒しかたっていない。少し意外だった。少なくともその十倍は経ったように感じたのだ。とにかく、中断は無用だ。ぼくは、再び、ドアに光線をあびせかけた。一度溶け始めるとあとは速い。一分余りで、ボクはドアを焼き切ってしまった。さあ、逃げよう。
 ボクが、まさにドアを蹴り開けようとしたそのとき、再び絶望感がボクをうった。このときになって、ボクは宇宙人が消えるかどうかで、無駄に時間を費やしたことを後悔した。あの隊長とその部下が、もどってきたのだ。彼らの位置は・・・思考波の強まから判断して・・・十メートル以内に間違いなかった。しかも不幸なことに、あの怪物ども以外には、外には一人の気配もなかった。今、外へとびだしたら、彼らは、何のためらいもなくボクを殺そうとするだろう。それがばれないように、ボクそっくりの替え玉を作りあげて、うちに送り込むことは、彼らにしてみればかやすい御用なのである。
 ボクは、目をさらのようにして、部屋のすみずみを見わたし、隠れることができるような場所をさがした。そこに身を隠せば、アルタイル人は、ポクがもう逃げてしまったあとだと思って、外へ捜しに行くかもしれない。だが、そんな場所はないようだった。そうこうしているうちに、アルタイル人の一人がドアの溶けているのに気づいて走りよってきた。ボクは急いでドアのすぐ隣の壁にペタりと張りついた。宇宙人は、ドアのところえ駆け寄り、一瞥すると、「しまった。逃がしたか」と心の中で叫んだ。それからボクがまだいたときの用心にと、光線銃を抜きドアに手をかけた。彼は、自分の反射神経の地球人に対する優越性には絶対的な自信を持っていた。だが、条件が少し違った。ボクは、彼らが帰って来るのを、闇くもに待っていたのではない。ボクは.彼がドアを開ける瞬間を知っていたのだ。しかも、ドアのすぐ横に張りついたボクの姿を見つけるのに、彼はわずかながら時間を要した。彼がボクの存在を認識した次の瞬間には、彼はあの世へ行っていた。
 敵は、隊長を含めてまだ三人いた。やつらは、味方が倒れるのを見て、思わず後ろに飛びのいた。その手にはもう銃が握られている。相変わらずすごい反射神経だ。ポクは恐ろしくなった。こんなやつらを敵に回していったい勝算があるのだろうか?隊長は、部下二人にドアを見張っているよう目で合図した。ボクには、隊長の考えを本のようにすらすらと読むことができた。中にいる仲間に連絡しようというつもりなのだ。彼は、ボクがテレパシーという前代未聞の能力を持っていることを知らないから、不意打ちが成功すると考えていた。やつは、通信機を取り出し、いじくり始めた。ボクは、たとえ不意打ちはできないにしても自分が逃げようとしていることを通報されて、ただでさえ多い敵をふやしたくはなかった。いくらボクのテレパシーがすごいといっても、限界はあるのだ。もちろん、一度に何十人だろうとそいつらの考えていることを読むことはできる。しかし、それは、何十人もが話しているのを聞くことができるのと同じで、そのすべてについて考え、そのすべてに対処できるというわけではないのだ。かといって、隊長の連絡を阻止する方法はまったくなかった。2人の部下がじっとこっちを見張っているから、顔でも出そうものなら、丸焦げにされるに決まっている。(豚の丸焼きならよだれも出てこようが、まさかボクの丸焼きなんて…いや、もしかしたら人間の丸焼きというのもいいかもしれない。よし、死ぬまでに、一回は喰ってやるぞ!)
 ついに隊長は仲間を呼びだした。こうなってはしかたがない。そいつらも片付けるしかなかった。幸いにして、外のやつらは、仲間の不意打ちに絶対的を信頼をおいていたのでドアを見張るだけで、入って来ようとはしなかった。ぼくは、いささかほっとした。これでしばらく彼らから注意そらしても安全なわけだ。ボクのいる部屋には入口のほかに二つドアがあったが、敵の一人がいるのは、入口から見て左側のドアの部屋だった。ボクが身を隠したのは、偶然にもドアの左側だったから、入り口を横切らずにそこまで行くことができた。ぼくは、忍び足でそこまで進み出した。(今考えると、その部屋との間には秘密保持のために防音装置があったのだから、忍び足で行く必要はなかった。遅刻したときいつもそうだったから病み付きになったかな!)
 中のアルタイル人は、まだ隊長とお話し中だった。
「まさか!地球人ごときにわれわれを倒すことはできませんよ」
「うるさい。とにかく、殺られたんだ。すぐ不意打ちして、掴まえるんだ。それがだめなら殺せ」隊長はどなった。
 「わかりました。」
 アルタイル人は、半信半疑で立ち上がり、仲間の二人に今の応答を伝えた。そいつらも、信じられないようだったが、一応、隊長の命令に従うことにして、ボクがいるドアのほうへやってきた。ボクは、前と同じように、ドアのすぐ横の壁に張りついた。(ダレダ!馬鹿の一つ覚えだといったやつは?ほかに隠れるところがないのだからしょうがないだろ)
 アルタイル人は、ノブをぎゅっと握った。残りの二人はそのすぐ後ろに控えている。ゆっくりとノブを回し、そろそろとドアを押した。やっと聞こえる程度の音がしただけだ。ボクが何も知らずに、入口のところにいたら、必らず、やられていたに違いない。ボクはこのときほどテレパシーに感謝したことはなかった。まったく、この世にテレパシ−くらいに便利なものはないだろらう。(白状するがボクが今まで割り合い優等生でとおっていたのも、そのおかげなのである。ボクは頭の良さそうを人たちを数人選んでおいて、テストのときになるとテレパシーでその人たちの答案を盗ませていただいたのである。人によって答えが違うときは、多数決という方法を取っていたが、この方法かなり良く信用できるものであった。ほかにもテレパスがいたら、ボクは、是非この方法を推薦する。場合によっては、先生の頭の中から直接解答をさぐり出すこともあった。これは、わが愛すべき数学教師、熊谷直之のようなよほどちょろくて鈍いいなか教師でもない限り、絶対に信用がおけるものだった。この熊谷先生というのは、一年のときの担任で、期末テストのたびに皆を悩ました憎むべき存在である。つまり、彼の作った問題というのは、それそのものがさっぱり理解できないものだったのである。テストといえば、最近は記述式というのがふえて困る。語句記入なんてのはまだいいのだが、論文形式なんかになると、テレパシーに頼っているボクとしてはまったく手におえなくなる。おっと、長い余談になってしまった。このへんで話をもとにもどそう。)
 さて、宇宙人は三人とも極度に緊張していた。あるいは、銃を握る手には汗をかいていたかもしれない。しかし、そんなことまでテレパシーで知ることはもちろん不可能であった。結局、彼らが変身のとき、発汗ということまで考慮していたかどうかは疑問である。ドアが十センチほど開いた。もう玄関のところは、完全に見渡せた。もちろん、ボクの姿はそこにはない。「なんだ。隊長のやつ寝ぼけてる」彼らは、一瞬そう思った。だが、もう少しドアを開いたとき、仲間の死体が彼らの目に飛び込んできた。三人ともハツと息を飲む。今だ!ポクは半分ほど開いたドアをおもいっきり押し返した。ドアによりかかるようにして覗いていた三人は、煽りをくらって、後ろに大きくよろめいた。そのすきに、ボクはドアの隙間をかいくぐり、部屋の中に飛び込んだ。光線銃をめちゃくちゃに撃ちながら、アルタイル人に体あたりくらわせる。前の一人は、光線銃のめくら撃ちが効を奏しぶったおれた。残る一人は、ポクの体あたりで後ろにのけぞった。それに乗じて腹を蹴少上げると、からだをかがめ、ふらふらとよろめいて銃を取り落とした。ボクは、そいつを撃ち殺そうと思ったが、ふと利用できるかもしれないという考えが、頭に浮かんだので、もう一度蹴りとばして、後ろにぶったおすだけにとどめた。
 とにかく、これで中の連中はひとまずかたずいた。次は外にいるやつらである。ボクは、自分の緻密な脳細胞をフル回転させた。(もっとも、結局のところボクの脳細胞は少しも緻密でなかったことが判明する運命にあったのだが・・・)ボクはこう考えた。このままだまって待っていれば、やつらは仲間から連絡がないのを不信に思い、失敗したと、ほぼ確心するだろう。それでは、事態は少しも好転したといえない。その上やつらが本部に救援をたのみでもしたら、ことである。かくなる上は、やつらに油断させておいて、まとめてやっつけるしかなかった。しかし、いくら不意打ちするにしても、彼らとポクの反射神経では違いがありすぎて、三人が相手では、無理である。どうしようかと思ったとき、ボクの視線がその部屋の隅にあった大砲のようをものをとらえた。
 「おい、あれは何だ。」ボクは捕虜にしたアルタイル人にきいた。
 そいつは、すきがあればポクをばらばらにしてやろうと身構えていた。それで、ボクが彼に急に質問をしたもので、少しの間びっくりしてボクの質問に答えるのにてまどった。
 「××××さ。おまえにわかるものか。」
 アルタイル人は、憎々しげに言った。××××というのは、アルタイル語であってとても日本語の文字に書くことはできない。しかし、テレパシーにとっては言葉の障害などなんでもない。ボクは、それがいわば「光線砲」であることを知った。(こういうふうにいうと、さも恐ろしい武器といったふうな印象を受けるかもしれないが、なんのことはない。光線銃をそのまま大きくしただけである。しかし、これで充分三人をまとめてしとめることができそうであった。
 こう考えると、ボクは、捕慮にしたアルタイル人に例の隊長を無線で呼び出すようにいった。
 「なるほど、隊長を罠にかけようというのか?」そういって、アルタイル人は心の奥でニヤッと笑った。
 「そういうことだ。いいから隊長に連絡しな。オレがつかまったというんだぞ。わかったら早くしろ。」ポクはどなった。
 アルタイル人は、心の中で笑いころげていた。だが、彼には気の毒だが、ポクは彼がなぜ喜んでいるか知っていた。そこでボクは、そいつが無線機の前にすわると、すかさず言ってやった。
「よけいなことはしないほうがいいぞ。特にその赤いボタンを押すような真似はない。」
 やつはギョっとしてポクの顔を凝視した。ボクは、ニヤっと笑って、そいつの顔を軽蔑的に見かえしてやった。まったく、実に気分がよかった。アルタイル人の裏の裏をかいてやったのだから・・・。その赤いボタンというのは・・・いろんな計器やダイヤル、スイッチなどの間にぽつんと一つあるだけだが・・・それを押すと、これから連絡することは敵の策略であって本気にしてはいけないということが、相手に伝わるのである。だから、やつが隊長を呼び出す前にそれをおせば立場はまったく逆になるはずだった。(もっとも、現実というやつは、いつもそんなに甘くはないのである。ボクだって金と時間があればもっとたくさんSFを読んで、みんなに馬鹿にされないくらいのファンになりたいのである。ポクが、作品を充分に読んでいる人というと、アシモフ、ハインライン、バラード、E.E.スミス、パロウズといったくらいでしかない。スペスオペラは今のバロウズとスミス以外はハミルトンの作品を少し読んだだけ、ヒロイックファンタジイは全然知らないに等しいし、ニューウェブなんかも、パラードのほかはシェクリイを・・・もし、この人を新しい波と言ってよければの話だが・・・少しばかり知っているだけなのである。こんな貧弱なファンが仲間にいると知ったら憤慨するかもしれないが、どうかこんなボクでも許していだだきたい。)
 さて、捕虜のアルタイル人は、その計画がだめだと知ると、もう一つボクをひっかける手を思いついた。彼らの可聴範囲は百〜六万サイクルくらいまでであり、人間の耳に聞こえない二万サイクル以上の振動数をもつ音、いわゆる超音波というのも出すことができた。それで、やつはそれを利用して、ボクにはわからないように隊長と連絡を取ろうというつもりだった。もちろん、ボクはそれを読みとって、そんなことしたらどでっぱらに風穴を開けてやると嚇かした。
 この方法もダメダと知ると、さすがにやつもあきらめた。このへんはなかなか賢明である。ボクに対してくだらない策略を思い巡らしても無駄だと悟るだけの頭があるのだから・・・。ボクがテレパシーという能力をもっていることにもうすうす感ずいていたが、あえてボクにはきかなかった。
 彼は隊長を呼ぶと、ボクが言うように命じたことを簡単に伝えた。
 「隊長、やつはつかまえました。もう大丈夫です」
 「わかった。しっかり見張っていろ。なにしろ○○と△△を倒したやつだからな」
 ○○と△△は、ボクが殺した最初の二人の名前らしい。
 隊長はこれだけ言うと通信を切った。これでよし。あとは、この捕虜を仕末して、あの光線銃のでかいやつの照準をドアにあわせて、待ちかまえていればよい。ボクは外の隊長の頭の中をちょっとのぞいてみた。
 そのとたんである。ボクは自分の愚かさを再認識させられるはめになった。これを読んでいる人は、とっくに気がついているだろうが実際、ボクの計画がうまくいくはずがないのは、少し考えるだけでわかるのである。まったく、すぐ外に隊長がいるのに、わざわざ通信機を使って連絡させるとは、なんという愚かさか!隊長が疑うのも当然じゃないか。(ただ、一つだけ、ボクをなぐさめてくれる事実があった。つまり、ボクの捕虜もそれに気づかなかったことである。どこの星に住んでいるやつでも緊迫した状態におかれると、普通なら気づくべきことにも気づかないらしい。)アルタイル人の隊長は、部下に今の仲間からの通信とそれに関する自分の疑問とを話した。2人は異口同音に隊長の疑惑は当然だといった。これで、どうやら最初と同じ状況にもどってしまったらしい。
 そのときだ。突然、ボクの頭にガンと一発きた。捕虜のしわざだった。その一撃は、わずかに急所をはずれていた。テレパシーでそいつの考えがピンときたので、とっさに飛びのいたのである。しかし、それでもなお、頭がボーっとするほどの衝撃だった。そして、アルタイル人の次の一撃が、顔面をねらってすぐにやってきた。しかし、それはぼんやりとテレパシーで知覚でき、反射的にかわしたのでアルタイル人の右手は大きく空を切った。同時にボクは腕を振り上げ、宇宙人めがけていきおいよくたたきつけた。が、そこには敵はいず、ポクの反撃もから振りに終わった。続いて、アルタイル人の左の拳がポクの腹めがけて突進してきた。一方、ボクは最後の抵抗と銃を構え、敵のいるあたりに向けて、めちゃめちゃに撃った。その直後、アルタイル人の拳がみぞおちにめり込んだ。ボクはその場にぶっ倒れたが、なんとか意識だけは残っていた。ボクは倒れながらもうこれまでと断念したが、苦痛に必死に耐えながらテレパシーでまわりをさぐってみると、敵もボクの光線銃によって倒れていることがわかった。そいつは、朦朧とした意識の中で、なおもボクにとどめをさそうとしていたが、ついにそれに成功しないまま生き断えた。しかし、このままでは、外にいるアルタイル人にやられてしまう。なんとかしなければ・・・。ボクは、からだ中に渾身の力を込めて立ち上がろうとした。
・・・
 十人以上の顔が、ボクの目の前にあった。どの顔にも全く見覚えがないようだった。はてな?いったいボクは宇宙人を倒してからどうなったのだろうか?ボクはアルタイル人と戦っていたはずじゃないか?・・・それとも、あれは夢だったのか?それにしては、いやに真に迫っていた。数々の考えがボクの頭の中をかすめすぎた。
 そのとき、ボクの視線が一人の男の顔を捕えた。熊谷先生!そう、あの教学のネボケ教師熊谷直之ではないか!(そのときのうれしかったこと。とても、あなたには想像できまい。知らない部屋の中で知らない顔にかこまれているというのは、少しも愉快な状況ではないのだ。「異星の客」のヴァレンタイン。マイケル・スミスが地球に来た時もちょうどこんな気持ちになったのではないだろうか?といえば、あのSFを読んだ人なら、ボクのこの時の不安を少しは理解してくれるかも知れない。・・・え、おまえは、テレパシーで、そいつらが誰だか知ることができるのだから、不安になるはずなどないって?ええ、本来ならそうなんですよ。ところが、このときは、ボクのテレパシーが少しも働かなかったんですよ。だから、一層心配だったわけです。なぜ働らかないのか、ボクにはさっぱりわからなかったんですよ。それで、不安にならずにいられますか?)
 ボクは熊谷先生を見つけたとき、先生に話しかけようとした。ところが、ボクのロからは「あ・・・」という音が出ただけで声にならないのである。舌が動かないのだ。そのとき、ボクは自分のからだの他の部分も動かないのに初めて気ずいた。ボクのからだで動く部分といえば、心臓を初めとする自律神経系がその活動をつかさどっている器官と眼球や声帯ぐらいなものだった。声帯が動くとはいっても舌が使いものにならないのでは意味はなかった。ボクはいよこよぞっとした。
 そのとき、ドアが開いた音がした。あらたな来訪者がボクの視野に入るまで少し時間がかかったが、その姿がボクの網膜に写ったとき、ボクは愕然とした。そいつは例のアルタイル人の隊長だったではないか。結局、ボクはあのあと気を失ってしまい、再び彼らに掴まったのだ。(もう少し活劇シーンが続いて、バッタバックと宇宙人どもが死なないかなと期待していた残酷なあなたがたには、あまりにあっけない掴まり方でまことに申しわけなく思っている。でも、ボクのほうもからだがもたないのである。考えてみれば、ああまで読者にサーヴィスしてくれるジョン・カーターという人は偉い人ですネ。)とにかく、ボクは再び捕われの身となったのだ。あとは例のテストとやらに付され、鍋の中で行水をするハメとなるのである。そして、ほかの人々も早晩彼らの食卓を飾る運命にあるのだ。ボクは、人類の未来を考えると、悲しくてならなかった。
 例の隊長は、ボクの首から上の部分を麻痺から解放してやるようにいった。するとあの熊谷先生がポクの後ろの方へ歩いていった。
ボクは、まだ彼がアルタイル人の手先だったということがのみこめなかった。まったく、あの寝ぼけがスパイだなんて、うちの学校の誰にいったって本気にしないに決まっている。
つまり、それだけ彼は優秀なスパイだということになるのかなと、ボクは思った。
 麻痺が解かれた。しかし、残念ながら、テレパシーは相変わらず働らかなかった。あの憎ったらしい怪物どもが、それを除去してしまったのだ。もっとも、ボクはこのときはもう生きて帰れないとあきらめていたから、それほどガッカリはしなかった。今さら、テレパシーの一つや二つどうということもない。
 あの隊長はボクの顔を見てニヤッと笑った。
「お得意のテレパシーが使えなくて、驚ろいているようだな。君の脳細胞に少々いたずらさせていただいたよ」
 ボクはかみつくようにどなった。
 「ウルセー!チキショウ。さっさと殺しやがれ」それから熊谷の顔を睨みつけ、「やい、熊公。てめえ、今までよくもオレたちを騙してきやがったな。人間は、そう簡単にはやられはしないぞ。アルタイル人のコンコンチキめ」
 するとやつはキョトンとしてオレを見た。
「何をいってやがる。オレは、これからスパイとして侵入する予定だったのだ。おまえがいっているのは、オレが取って代わるつもりだったやつのことじゃないのか?」
 今度はポクが唖然とする番だった。
 「あっ、そうか。もしあの先生がスパイだったらテレパシーで気づかないはずはなかったんだ。だけど、今、おまえ、『つもりだった』といったな?じゃ、その計画は中止なのか?」
 「あたりまえだ。テレパシーを持った種族?を相手に戦えるか?」
 ボクは思わずニヤりとした。アルタイル人は、テレパシーを持っているほうが異常なのだとは少しも思わなかったのだ。地球人をら誰でもテレパシーがあると思ったのである。(これで、最初にボクが人類を救ったと書いたことを理解していただけただろう。多くの人は、「アルタイル人が勝手に感違いしてくれたおかげじゃないか」というだろうが、とにかく、ボクのテレパシーが人類を救うことになったのだ。ボクは英雄なんだ!)
 しかし、この計画中止についてはまだ全員にはゆき届いていなかったようである。たちまち、一入が反対意見を出した。
 「なぜ、テレパシーごときにそうもおびえるのですか?こっちの科学力は地球人なんか、相手にしないくらい進んでいるんだ。」
 「その野蛮人であるはずのこの男に、仲間が何人やられたと思っているのだ。」隊長が静かにいった。野蛮人というのは気に入らなかったが、ボクはこの言葉に少し誇らしい気持ちになった。
 「それは個人対個人の戦いです。われわれの軍隊なら地球なんか‥‥」
 「きみはテレパシーを過小評価している。われわれの軍事上の作戦は筒抜けなのだぞ。それにキミのいう科学知識だっていつ盗まれるかわかりはしない。いやもう盗まれているかも・・・」
 「ならば、いっそのこと、地球そのものをぶっとばしてしまったら?まさか地球が逃げていくわけではあるまいし、いくらテレパシーだって宇宙空間から攻撃されたら、手も足も出ないでしょう」そいつは、なおもくいさがった。
 「馬鹿もの!」隊長がどなった。「おまえは、地球征服の目的を何と心得る。そんなことをしたら、地球も地球人も使いものにならないじゃないか!」
 すると、「地球人の使い道」という言葉を聞いて、一入が思い出したようにいいやがった。
 「中止ならそれでもいいですが、とにかくこの地球人は喰っちやいましょうよ。」 (ボクはこう聞いたとき、心臓がとまるかと思うほどビックリした。せっかく、人類がたすかるかと思ったのに自分だけ死んでは損だ。それに、どうせ喰うなら、ボクのように社会にとって有用な入間でなくても、ほかに死んだほうがいいという人間が大勢いるじゃないか。時にSF 〇○○IET CLUBにはそういうのが多い)
 しかし、あの隊長が救いの言葉を投げてくれた。
 「残念だが、われわれは地球人類の不必要な怒りを買うようなことをするわけにはいかないのだ」
 すると、そのアルタイル人は恨めしそうな視線をボクのほうへ投げた。(これには、いくら隊長の保障があっても、しばらく生きた心地がしなかった)
 アルタイル人どもは、なおも地球征服やボクのことについて議論していたが、結局、その決定は司令部からの命令だったので、ボクも地球人も救われることになった。
 彼らの議論が終わったころには、ボクも喰われるという恐怖から解放されていたので、二、三の疑問をロに出してみた。
 「いったいなぜおまえたちは仲間同志のときでも、アルタイル語を使わないんだ?」
 「使えないのさ。というのは、われわれは、どんな場合でも、うっかりアルタイル語をしゃベり自分たちの素生を知られることのないように、それを記憶から削除してしまったのだ。固有名詞や日本語に適当を訳語がないものは別だがね。もっとも、地球人のような相手に対しては、そんなことをしても最初から意味がなかったのだが・・・」
 隊長は苦笑した。ボクも笑ったが、それが彼らの勘違いに対しての笑いだとは気ずかなかったようだった。
 「いったい、どういうわけで、地球征服なんて計画したんだい」ボクは、また質問した。「詳しいことをいっても理解できまい。ただこういっておこう。われわれの太陽であるアルタイルが 百年以内にノヴァになることがわかったのだ。それで、移住を余儀なくされ地球に目をつけたというわけだ。・・・ところで、われわれにも、一つききたいことがある。テレパシーのことだが、この惑星には、それに関する書物がまったくみあたらない。目や耳については詳しくわかっているのに、これはどういうわけだ」
 ボクは答えに窮した。だまってしまったボクをアルタイル人がじっと見つめているのを感じた。なんとか答えなければ。ボクはあせってきた。しかし、うまい答えは見つからない。ボクが、どうにでもなれとあきらめかかったとき、逆にアルタイル人が助け舟を出してくれた。
 「それをいうことを禁じられてるらしいな。ま、無理に聞こうとは思わん」
 運命というやつの皮肉か、その時になってうまい答えが頭に浮かんだ。ボクは、宇宙人にいった。
 「いや、別に禁じられてはいない。ただ、話してもいいかどうか考慮していたのさ。別にまずいこともなさそうだから話そう。われわれが、テレパシーでおまえたちの来訪を知ったとき、余計な知識を与えないようにするため、世界中の書店や図書館からその書物を排除してしまったのだ。いや、それどころか・・・おまえたちがそれを見っけたかどうか知らないが・・・テレパシーを特異現象のようにあつかった本さえ出したのだ」
「そういうのもいくつか見た。しかし、おまえのテレパシーのすごさはとても特異現象ではすまされない。それで、われわれは嘘だと判断したのだ」
「そのとうりだよ。ボクが逃げ出すときに、へまをやらなければ、まだ知られてはいなかったのだ」
 「ところで、おまえがわざわざ掴まったのは、どういうわけだ?」
 「テレパシーだって距離の障害がないわけではない。征服を企だてているということは、おまえたちが宇宙空間にいるときでもわかったが、その詳細を計画についてまではわからない。そのためのスパイがボクの任務だ」
 「宇宙空間にいたとき、もう征服の意図がわかったって?でも、われわれが人工冬眠から覚めたのは、地球に着いてからだぞ!」
 ボクはドキッとしたが、ここは強引にいかねばならない。
 「眠っていた?そんなことが、テレパシーに対する防壁になるか!」
 幸い、アルメイル人はこれで納得してくれた。ボクは続けた。
 「結局、ボクの任務は失敗だった。それにしても、うちのほうの司令官は残酷だよ。ボクが苦戦してるのに、おまえのせいだからおまえが片をつけろと、援軍を一入も出してくれないもんネ」
「隊長、するとわれわれの星はいったいどうなるんですか?」
 アルタイル人の2等兵あたりのやつが、ロをはさんだ。
 「それはわからないな。この近辺で手ごろというと、少し地球より環境は悪いが、もっと近いところにあるヴェガあたりが有力な線だが、はっきりしたことは、オレが決めるんじゃない」
 ボクはこれを聞いて吹き出した。アルタイル人が不思議そうな顔で見たので、七夕のことを話してやったが、彼らはそんなくだらない伝説をもっている地球人を軽蔑の目で見ただけだった。
 その後、隊長は出ていき、ボクは彼らの手から開放された。どうやって連れてこられたかわからないが、気がついた時には教室ですわっていたのだ。下では定時別の授業が始まっていたので、そっと外へ出て、家に帰った。
まだその日のうちの午後7時だった。
 ボクの冒険はこれで終わりだ。これで、ボクが人類を救ったというわけが理解していただけただろう。しかし、やはりボクは信じてもらえないのだろうか?証拠が何もないのだからしかたがたいのかもしれない。・・・いや、一つある。三百年以内のうちにアルタイルがノヴァになるということだ。しかし、この証拠が確かめられるころにはボクは天国の飯を喰っているだろう。(でも、天国の飯ってのはうまいのかね。もし、まずいのだったら、ボクはむしろ地獄に行きたいな) ああ・・・ボクはどうしたら信じてもらえるんだろう。(ところでさ、普通、こういう冒険にはかわいい女の子が一人登場するものじゃない?ボクだって、リチャード・シートンやジョン・カーターに負けないくらいの活躍をしたんだもの、一人くらいそういうのが出てもおかしくないよ。いくら、最近はスペース・オペラを見はなして、ニューウェーブを続むことが多くなって来たからといって、こんな形でしかえしするっていうのはひどいと思わない?しかも、テレパシーがなくなっちゃったから、三学期の期末テストは苦労するだろうし、いいことは一つもないときてる)だからボクを哀れんでこの話を信じてくださいヨ。お願いします。
注、
 この中にでてくる熊谷先生という人は実在しますが、決してボクが書いたような人物ではありません。先生の名誉のために堅くお断わりしておきます。
 それから、会員の皆さんに失礼にあたるような文があったかも知れませんが、それは失言です忘れてください。
 それ以外については一言も嘘はありません。(だから、この話を信じてくださいネ)


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